【完】鵠ノ夜[上]



いつかは地元に帰って家を継ぐんだと、当たり前に思っていたから。

帰れないこともないだろうって、気にしていなかっただけで。実際いつまでなのかなんて、一度も話題に出てこなかった。



「……雨麗の両親は、跡継ぎ候補を探してるんだろ?

雨麗は4月で16になってるからな。……俺らと違って2年早く結婚できる雨麗なら、結婚して早期に俺らの護衛を解任する可能性もある」



「……そんなの、」



「あくまで一つの可能性の話だ。

……さすがに、16で結婚させてすぐに、跡継ぎを身篭らせるようなことは、させないだろ」



いくら雨麗の親でも、と。

安心は出来ないけどひとまず安堵させるようなはとりの気遣いに、複雑な気持ちを抱きながらも頷く。



「……お嬢に直接聞いた方が早いと思うけど」



再び重いため息を吐き出した雪深が、髪を掻き上げて。

そのままくしゃっと髪を握って俯いた後、黙り込んでしまった。




「……ゆきちゃん」



「元カノが浮気して子どもできたから相手の男と結婚するって言った時でも、ここまで落ち込まなかったのに……

こないだ一回軽く振られた時といい、今といい、付き合ってもないお嬢相手に、悩みすぎじゃん……」



「……それだけ本気だって証拠だろ」



「好きになりすぎると、軽々しく「好き」って言えなくなるし、周りの男に焦るし……

俺もうまじで、何やってんだろ……」



俺だって、そうだ。

出会った頃より出会った今の方が、よっぽど好きで。焦るのに何もできなくて、好きって言うのにも戸惑って。



「小豆さんとお嬢の間であったことも、仕方ないって割り切ってるけど……

誰でもよかったなら俺でもいいじゃんって、そんなふざけたことばっかり、」



「……雪深」



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