【完】鵠ノ夜[上]



いつだって触れてきたのは、優しさや温かさからは遠く掛け離れたものばかりだった。

それでもわたしがやってこれたのは、両親から微量ながらも愛を注がれていると知っていたからだ。御陵のトップなんて、甘い世界じゃない。



「でも……

応えられるかどうか尋ねられたら、今は悪い返事しか返せない。それが現状よ」



平和に時間が流れるカフェ。……誰も。ここにいるわたしたちが、御陵の関係者だなんて、思いもしないだろう。

この国に平和と危険をもたらす事の出来る、紙一重な組織。



崩壊すればそれこそ冗談でも平和とは言えない世界になってしまう。いくら筋を通すと言えど、一般人を巻き込まないなんていう話は、相手からすれば気にも留まらないことなのだ。

極道に遠慮も譲り合いも無い。駆け引きと、そこで生きていく覚悟だけでいい。──愛は、いつだって後回しだった。



「今は、ってことは……

可能性は、ゼロじゃないってこと?」



「そうね。否定はしないでおくわ」



返せば、安心したように彼が頬を綻ばせた。

それから、「あ〜っ」と言葉にならない声を発する。




「マジで安心した。

もしこれで振られたらどんな顔して毎日過ごせばいいんだろうって、思ってたし」



「……わたしもどんな顔すればいいのかわからないわよ」



不意打ちだった。

確かに親しくはしてくれるけど、それは主従関係を軸にした上で親睦を深めるためだと思っていたから。まさか好きだなんて言われると思わなくて。……でもそれ以上に、嬉しかったの。



「好きって言ってくれて、ありがとう」



ぱちぱちと、瞬きして。

それから何を思ったのか、ふはっと笑う彼。おかしいことなんて言ったっけ?と首を傾げるわたしを他所に、一頻り満足するまで笑い続けた後。



「ん。どういたしまして」



そう言った雪深の、これ以上ないほどに優しげな顔が。

瞼を伏せた今も、鮮明に、思い出せる。



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