3次元お断りな私の契約結婚
「杏奈。俺のカード使っていいからもっとマトモな部屋着買え」

「失礼な。まともじゃない」

「正気か? おにぎりとショートケーキの衣類を身に纏うのがまとも? 食い物まみれで胸焼けしそうだ」

「正気かってこっちの台詞よ! 部屋着なんて誰にも見られない時こそ少し普段と違ったもの着て気分を変えるの、そんな黒いスウェットなんてつまらないな!」

 私がビシッと人差し指で巧を指さして言い放つ。巧はそんな私を目を細めてみている。顔には、『何かダサい格好で力説してるこの馬鹿をどうしよう』って書いてあるのが読める。

「つまらないってお前……」

「今度巧にもおにぎりのTシャツ買っといてあげる、あなたのカードで」

「勘弁してくれ」

「なあに、巧の好きなシングルマザーの人はもっと可愛い部屋着なのかな? そんなの私には関係ないもんねー好きな人が部屋内にいたらそりゃ私もオシャレするよ」

「……」

「好きな人(オーウェン)と暮らしたらなんとかペケの部屋着買うよ」

「ジェラートピケのことか」

「何で巧が知ってるのよ」

 さては贈ったことがあるのか? 女性に人気のやたらモコモコした可愛い部屋着。この男があの可愛らしい店内に入ってる姿を想像するだけで腹が捩れそうだ。

 私はもう一杯冷水を取り出して飲んだ。喉を通る爽快感に頬を緩めながら、ふと思い出したことを巧にぶつける。

「てゆうか、そういえばそのシングルマザーと会う時気をつけてね、愛人作ってたなんて噂になったら大変だよ」

 ちょっと忘れていたけれど、彼は他の女性にお熱なんだった。それを納得した上での契約結婚。どこの誰かは知らないが、藤ヶ谷副社長からのプロポーズを蹴る面白い人だと思う。

 巧はああ、と小さく頷いた。

「それは大丈夫、安心してくれ」

 私は水の入ったグラスを持ったままソファへ歩み彼の隣に腰掛ける。すっかり綺麗に片付けられたローテーブルにグラスを置いた。

「随分断言できるんだね」

「ああ、俺はそんなヘマしない」

「油断禁物だよ、最近は SNSとかで噂出回るの早いし止められないからね」

「何、心配してんの?」

 やけに含みを帯びた声で彼が言う。隣を見れば、少し口角を上げた男が私をじっとみていた。

 私は強く頷く。

「当たり前でしょ? 浮気された女なんてレッテル貼られるのごめんだよ! 一生可哀想って目で見られながら生きてくの嫌だもん」

 鼻息を荒くして言う。芸能人とかだって、男が不倫すると同時に奥さんの方にも注目される。私がこの男と結婚したって言うことは会社中に知れ渡っているんだし、浮気されて可哀想な高杉杏奈なんてなりたくない。

 力説した私を、巧はどこか不満げに見てきた。

「え、何」

「いや、さ……本当に俺が他に女いること認めてるんだなって」

「へ? 何を今更。そういう契約だったでしょ?」

 何を言い出すんだと目を丸くしてしまった。わざわざ私に契約書まで作ってプロポーズしたくせに。あの契約を認めたから今こうして一緒に住んでいるというのに。

 巧は視線を落として言う。

「まあ、そうだけど。女ってほら、独占欲が強い人多いだろ、形だけでも夫婦になると、他に相手がいるのが疎ましくなるかもと思ったんだが」

「どっかの漫画の読みすぎだよ」

「……まあ、杏奈は恋愛対象が男じゃないしな」

 あ、そういえばそう言うことになってるんだった。と言いかけて慌てて飲みこむ。彼は私のそんなところを気に入って契約を持ちかけたのだから、あえて違いますなんて弁解はいらない。(三次元の)男に興味ないのは間違いないのだし。

 巧はぼんやりとした顔でテレビを眺めていた。世の女はみんな自分を独占したがるとでも思っていたのだろうか。自意識過剰め。

 目の前のグラスをとって水を飲む。

「なあに、男に興味ない私がいざ巧と暮らし始めたらあなたを好きになって、他の女がいるなんてー……っていう修羅場想像してた?」

「そういうパターンを全く考えてないわけではなかった。性格上いつでも最悪の展開を予想する主義でね」

「どこからその自信湧いてくるの?」

「どこを見ればそんな質問できるんだよ、ステータス満点だろ俺は」

「性格という項目マイナスだけど」

「…………」

 ぐうの音も出ないようだ、ちょっと歪んでる自覚はあるらしい。私はほくそ笑む。

 巧は少しだけ口を尖らせて言った。

「お前もいい性格してるよ」

「褒めてもらってありがとうございます。さーて私は寝ようっと。寝る前の作業もあるし」

「何するんだ」

「(趣味の世界へダイブだよ)
……ストレッチとか」

 正直に言えるわけもなく適当にそういうと、今日初めて巧は目を輝かせてこちらを見た。

「いい心がけだ。健康面や体型などのためにも運動は欠かすな」

「はいはいおやすみ」

 私は適当にそう返事をすると、手をひらひらと振ってリビングを後にした。

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