3次元お断りな私の契約結婚


 選択肢に任せて私は彼の首に自分の腕を巻きつけた。箸を持ったまま体を固める巧の様子が伝わる。恋愛偏差値ゼロの自分が、自分から相手に抱きつくなんてできたことに自分自身驚いた。

「……杏奈」

「ごめん、本当はた、楽しかったから。靴も嬉しかったし、映画もよかったし、ご飯だって美味しかった。巧と出かけたの、楽しかったから」

 かろうじて早口でそれだけ言うと、ゆっくりと腕を解いた。巧の顔を見上げるのがなんだか恥ずかしくて、私は俯いたまま離れようとする。
 
 それを、腕を掴まれて止められた。

「あのさ、あんまり煽らないでくれる?」

 低い声でそう言ったのが聞こえて反射的に顔を上げる。一瞬見えた巧の顔は、少し口角を上げて優しく笑っている顔だった。

 その瞬間、また彼の顔が見えなくなる。同時に柔らかな感触が唇に伝わった。

 以前の無茶苦茶な状況のキスと比べて全く違う、優しさでいっぱいになるようなキスだった。

 本当の初めてのキスはあの事故みたいなキスだけど、それはもう忘れてこれをファーストキスにカウントしよう、と心で思った。それくらい幸福感に満ちた時間で心臓の音がうるさいほどに響き渡っている。

 少し経って巧が離れた後、彼はすぐにぷっと吹き出して笑った。

「チキン南蛮の味」

「……ちょっと、ムードないな!」

「いつものことだろ。杏奈にムードなんて一番遠いもんだろうが」

「それでもチキン南蛮の味はないよ! もっと他のもの作ればよかった」

「そういう問題かよ」

 巧はそうまた笑った後、残っていたチキン南蛮を頬張った。それはそれは美味しそうに食べるもんだから、今度もっとちゃんと作ってやろうと心に誓った。





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