すべてが始まる夜に
その笑顔にどういうわけか心臓がドクンと飛び跳ねる。
イケメンの笑顔ってどうしてこんな破壊力満載なんだろう。あんな恥ずかしい思いをさせられたのに、腹が立つ気持ちも薄れてきてしまう。

松永部長は今年の4月に九州支店から東京本社に異動してきた私の直属の上司だ。
この誰もがイケメンと認める美しく端正な顔立ちに180cmはある高身長、おまけに独身だときたもんだから、赴任してきた当初は女性社員たちが毎日瞳を輝かせながら溢れるような笑顔で松永部長を見つめていた。

今でも部長の人気はとても高く、社内の女性たちが狙っているという噂だ。
その松永部長が私の上司になって半年。会社では仕事以外のことで話をすることはほとんどないけれど、私の仕事をきちんと見てくれていたことに少し嬉しくなった。

「白石、休日にこんなことに巻き込んでしまってほんとに悪かったな。これから帰るのか?」

「あ、えっと、は、はい……」

あんな場面に遭遇してしまったからなのか、部長の顔が落ち込んでいるように見えるのは気のせいなのだろうか。大丈夫なのかと心配になり、心情を読み取ろうと部長の顔をまじまじと見つめてしまう。

「どうした? 何か言いたいことがあるのか?」
「い、いえ。別に……」

逆に部長に顔を覗き込まれ、慌てて視線を下に落とす。

私の思い過ごしなのかな?
部長はあんなこと言われて平気なのかな?
余計なお世話だとわかっていながら、なぜか気になってしまう。

「じゃあ気をつけて帰れよ」
「は、はい」

部長は「じゃあ、またな」と私にくるりと背を向けて、そのまま歩き始めた。
やっぱり、どことなく背中が悲しそうだ。

部長大丈夫かな?
きっとショックだよね。

そう思った瞬間、私は松永部長の背中に向かって「松永部長」と声をかけていた。
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