すべてが始まる夜に
悠樹side #3
自分の家へと戻ってきた俺は、すぐに冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出すと一気に喉に流し込んだ。半分以上流し込んだところで口から缶を離し、空を仰ぐように天井を見つめる。

潤んだ瞳で俺を見つめながら、こんなの知らない、キスじゃない──と言った白石の顔が目に浮かび、再び缶ビールを喉に流し込んだ。

あんなキスをするつもりなんて全くなかった。
あいつが男なんて怖くないと言うから、無防備なことを簡単に言うから、本当に男は怖いんだということを少しわからせてやろうと思っただけだった。
なのに、あんなに激しいキスをしてしまうとは。
数十分前の出来事が何度も頭の中を駆け巡る。

最初は男の怖さを少しだけわからせてやろう──、そんな気持ちだった。
「俺のこと、怖くないんだよな?」とわざと怖がらせるように距離を縮め、近づいていったのに、あいつは身構えながらも怖くなんかない、と言い返してきた。

まだわからないのかと、「じゃあ、このまま俺がキスしてもいいんだな?」とさらに近づくと、怖がると思っていたのに、キスくらいしたことある──とまたしても俺に言い返してきた。

ならそんなに怖がるなよ──とあいつの頬にゆっくりと指を滑らせ、そのまま顎をくいっと掬いあげる。じっと顔を見つめて、ほんとにするぞ。いいんだなと呟くと、素直にコクンと頷きやがった。

絶対に怖いはずなのに、こんなにも身体を硬直させているというのに。

俺はそのままキスをするふりをして、「こんなに身体を硬直させて何が怖くないんだよ。男はな、こんな風になったらもう止められなくなるぞ。だからあんな軽々しく言うもんじゃない。わかったか?」と笑ってそう伝えるはずだった。冗談で終わらせるはずだった。

それが、俺自身が止まらなくなってあんな激しいキスをしてしまうとは──。
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