すべてが始まる夜に
「吉村くん、どうしたの? もしかしてどこか調子悪い?」

「いや、そんなことないけど」

「だったらいいんだけど。なんか急に元気がなくなった感じがしたから……。じゃあ、早く食べよ。温かい方がおいしいよ」

そうだな──と小さな声で答えた吉村くんは、まずアイスコーヒーのグラスの中にストローを入れた。それを見て、私もカップを手に取りコーヒーを口に運ぶ。

「うーん、美味しいコーヒーだけどちょっと苦めかな。パンケーキが甘いから苦めにしているのかな? どうしよう……、やっぱりミルク入れちゃお」

私がコーヒーにミルクを入れていると、ストローを口に含んでいた吉村くんがアイスコーヒーのグラスをテーブルの上に置いた。

「そう言えば最初カフェオレにしようって言ってなかったか? ブレンドに変えなきゃよかったな」

「そうなんだけどね。実は部長と福岡に出張に行ったときに聞いたんだけど、部長って初めてのお店では必ずブラックコーヒーを頼むんだって。お店本来のコーヒーの味がはっきりとわかるからって言ってた。だから私も真似して最初はブラックコーヒーにしてみようって思ったんだけど、やっぱりカフェオレがよかったかな」

へへっと笑って笑顔を向けると、吉村くんはやっぱり元気がないような微妙な表情をしている。
そんな風に見えるのは私の気のせいなんだろうか。
気になるけれどもう一度聞くのも悪い気がして、私はテーブルの上で美味しそうな甘い匂いを漂わせているパンケーキにナイフを入れた。切り口からフレッシュクリームが流れ出し、パンケーキの中に染み込んでいく。そしてその上からメープルシロップをかけると、フォークで刺して口に入れた。

「うわぁ、生地がふかふか。美味しい!」

優しくてミルキーなフレッシュクリームと甘いメープルシロップがしみ込んだパンケーキが口の中に広がっていく。福岡で部長と一緒に食べたしっとりとしたパンケーキではなく、ふんわりとした軽い食感のパンケーキだ。
朝ごはんを食べてこなかったこともあってか、パンケーキを口に運ぶ手が止まらない。

「ねぇ、吉村くんはハンバーガー食べないの? 冷めちゃうよ」

ハンバーガーには全く手をつけず、アイスコーヒーを飲みながら私の食べる姿をじっと見ている吉村くんに尋ねる。

ああ、食べるよ──と返事をした吉村くんは小さく息を吐くと、食べやすいように紙に包まれたハンバーガーを手に取った。
< 255 / 395 >

この作品をシェア

pagetop