すべてが始まる夜に
そんなとんでもないことを言い出した白石に、とにかく一度冷静になってよく考えてみろと俺は言ったのだが──。

「私は冷静です。そんな私だってこんなこと誰にでも言いません。今、部長に言ったのだってすごく恥ずかしいのに、でも勇気を出して言ったんです。この年で初めてなのが怖くて不安なんです」

そう言いながら今度は目元を潤ませ始めた。

そんな泣くようなことか?
こんなところで泣かれたら俺が泣かしているみたいじゃないか。
おい白石、セックスの練習相手ってことは、それってセフレと変わりはしないぞ。俺の方が驚きすぎてどうしていいか分からないだろ。

セフレという言葉だけはグッと飲み込み、とりあえず「1週間よく考えてみろ、話はそれからだ」となだめ、とにかく話を変えようと締めの蕎麦を注文する。

ほんと、女というものはよくわからない。
真面目でおとなしい白石がこんな大胆なことを言い出すとは。
こいつが部下じゃなかったら──。
目の前で美味しそうに梅とじ蕎麦を食べている白石を見ながらそんな思いが頭をよぎる。

いやいや、俺はいったい何を考えているんだ。
確かにこの白石の顔も、いつも周囲を気遣うような優しい性格も赴任してきた当初から俺のタイプだと思っていたが、それはあくまでもタイプであってこいつは部下だろ。部下に手を出すなんて絶対にありえない。

さっきからこんなに動揺しているのは俺だけなのか、そんなとんでもない発言をした当の本人は、「やっぱりここのお蕎麦は美味しいですね」なんてのんきに俺に笑いかけてくる。

店から出たあとも俺だけが意識しているのか、白石は楽しそうに思い出し笑いなんかして歩いていた。あんなことを言われたせいなのか、妙に白石が気になり車道側を歩く白石を歩道側に移動させる。

今まで女にこんなことしたことあっただろうか?
自分の行動にさえ驚いてしまう。
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