すべてが始まる夜に
昨日からの記憶を辿り始める。
飛行機を降りてこのマンションまで帰ってきた時はひとりだったはずだ。
なのにどうして?

あっ、と声を出しそうになり、慌てて口を押える。
確かマンションのエレベーターの前で白石と会った、ような気がする。
顔色が悪いが体調がよくないのではないかと聞かれ、そのあと……、白石がスーツケースをここまで運んでくれて……。

ということは……、もしかして白石?

掛け布団の端に少しだけ包まって、顔を下に向けて寝ているのではっきりとは分からない。どうにか顔が見えないかと様子を窺っていると、少し身体が動き、顔が俺の方に向けられた。

やっ、やっぱり白石だ。
知らない女ではなかったことにほっとすると同時に、どういう経緯で白石がここにいるのかを考える。
スーツケースを持ってきた時にここに入ったのか?

視線を動かすとテーブルの上に薬とミネラルウォーターのペットボトルが置かれていた。

もしかして白石が薬をここに持って来てくれたのか?
再び白石に視線を向けると、白石が包まっている布団、いや俺に掛かっている布団が見たことのないものだということに気づいた。

んっ? この布団も白石が?
よく見ると俺に掛かっている掛け布団と毛布はこの部屋にあるものではない。

白石がこの布団と毛布、そして薬を?

おそらく間違いない。
おでこにタオルを置いて冷やしてくれたのも、そして頭の下に置いてあった冷却枕も間違いなく白石だろう。
白石に聞いて確かめたいが、当の本人はとても気持ちよさそうに眠っている。

こいつ、気持ちよさそうに寝てるよな。
それに……、寝顔も可愛らしい顔してるよな。

無防備に寝ている姿に、ククっと口元が緩くなる。

これまでは会社での姿しか知らなかったはずなのに、先週偶然にもあんな場面に遭遇してしまい、一緒に食事をしてから俺の中で勝手に他の部下よりも少し距離が近くなった気がしていた。
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