あなたの隣を独り占めしたい(続編まで完結)
 この時は詳しくわからなかったが、佳苗さんは俺の親父が手を出していたスタッフの一人だった。
 外にも内にも女を作る親父だったけれど、母親はそんな父を許し続けていた。

『私のところへ帰ってくる人だから。本当は可愛い人なのよ』

 何度もそんなことを呟いていたけれど、表情はいつだって悲しげだったのを覚えている。

「何……する気ですか」

 身動きのとれない俺を見上げ、彼女は微笑みながら俺の鎖骨に指で触れた。

「いいこと」

 親父の愛人の一人である佳苗さんが、俺が親父に似ているという理由で体の関係を迫ってきたのだ。
 そんなの嫌だと15歳なりにも思った。
 でも性への興味に目覚め始めていた俺には、佳苗さんの魅力は劇薬とも言えるようなものだったように思う。

 そこから3年ほど、俺は佳苗さんから幾度も体を重ねることを求められた。
 親父に相手にされない時の寂しさを埋める相手として。

 彼女が大胆な大人の女性であったというのもあり、俺は18歳になる頃にはほぼ女性の体を全て知るほどになってしまっていた。

 それから母と親父の愛人の間には色々悶着があったようだが、俺は大学生へ進学すると共に家を出た。

 (俺は旅館は継がない)

 そう心に決め、親を捨てるような気持ちで出た。
 しかし社会人になって少しした頃、親父がとうとう佳苗さんと駆け落ちしたと副支配人から連絡があり、流石に母親が心配になった。

(辛いだろうけど、母が親父を忘れるいい機会かもしれない)

 そう励ますつもりで数年ぶりに実家に戻ると、母は涙も見せずにいつも通り女将の仕事に没頭していた。
 母の表情には変化がなかった。
 ほんの少し老けたかな……というくらいだ。

(きっと母さんは、こうまでなっても親父が必ず戻ると信じているんだ)

 俺は母を見てなんとも言えない虚しさと不快感に襲われた。

 母は待つだけの人生で本当に幸せなのか。
 俺を道具のように使って去っていった佳苗さんは、本当に親父と逃げて幸せなのか。

(佳苗さんも母も、二人とも本当の意味で自分を大切にしない人だ……親父のような無責任な男に執着して)

 何も言葉などなく、俺は一泊もしないで東京にもどってきた。
 親のことで振り回されるのは、もうこりごりだ。
 それ以来女性というものにほとんど興味がなくなった。
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