あなたの隣を独り占めしたい(続編まで完結)
続編

1. トラブル(SIDE 恭弥)

 気丈に一人で旅館を守っていた母が過労で倒れたと知ったのは、栞とそろそろ入籍のことも具体的に考えたいと話し合っていた時だった。

(よりによってこのタイミングか)

 正直、こんな気持ちが湧いてきてため息が出そうになった。

「悪い、栞。明日からの旅行はちょっと厳しいかもしれない」

 5月の連休は長旅をしようと二人で計画を立てていた。
 当然俺も楽しみにしていたのに、母親を放置で旅に出るわけに行かなくなった。

「倒れたなんて、どんなご様子なんですか?」
「病気でなく疲れが原因だから、数日入院してゆっくり体力戻せば大丈夫っていう話だ」
「そうですか……じゃあすぐにお見舞いに行ったほうがいいですね」

 考える様子もなく、栞は俺に向かってそう言った。
 俺の過去を全部知っていても、こんなふうに優先順位を即決できる彼女には相変わらず驚かされる。
 それと同時に、いい加減自分も逃げていた過去と対峙する時がきたのかもしれないと思った。

(親だって歳をとっていくんだ。俺自身も成長しないとな)
「そう言ってくれてありがとう」
「何言ってるんですか、恭弥さんのお母様じゃないですか。ご高齢なんですよね」
「うん」

 今年で70歳になる母のことが心配じゃなかったわけじゃない。
 一人でいたら、速攻で実家に戻って数日旅館の手伝いもしたに違いない。
 ただ、今の俺には栞がいる。
 彼女をここに置いて実家へ帰るのは、やっぱりおかしいだろう。

(入籍してから報告しに行くつもりだったのに、順番が狂ったな。でもまあ、仕方ない)

「明日にも新幹線を予約するよ。栞も一緒に行ってくれる?」
「いいんですか? 急に不自然じゃないですか?」

 なんの心配をしているんだか、栞は遠慮する気でいるみたいだ。

「もうすぐ俺の妻になる人を連れて行くのは自然だよ」

 そう言ってやると、彼女は安心したように微笑んで頷いた。

「じゃあ、すぐに支度しなくちゃですね」
「悪いね。楽しみにしてた旅行がなくなって」
「そんなの、また計画すればいいんです。とにかくお母様に早く顔を見せてあげてください」
「そうだな」

 栞の髪をくしゃりと撫でてやると、彼女は目を細めてうっとりとした表情を見せた。
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