極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
 どうやら初恋とは、叶わないものらしい。
 そんな言葉を舌先で転がしながら、頭ではタブレットのディスプレイ上に浮かぶ膨大な量のスケジュールを、まるでパズルのように組み立て、当てはめ、無理のない形に整えていく。かれこれ四年ほど繰り返してきたこの作業は、パーティーが始まる前という状況下、人がたくさんいる煌びやかなホールでもよどみなく行えた。
 きりのいいところまで進め、タブレットの電源を落とす。それを見越していたかのようなタイミングで、隣に立っていた『彼』がこちらへ意識を向けたのが分かった。
「問題は?」
「いえ、特には……」
「だが、君がこんなところで仕事用のタブレットを開くなんて珍しいだろう。何かあったのか?」
 柔らかく首を傾げ、彼が横目でこちらを見遣る。流し目がこんなに様になる人は他にいないだろうな、なんてしょうもない感想が頭の端に浮かんだ。
「社長はこのような交流パーティーの後は、パーティーで会われた人との会食や会議を増やされるので……来週のご予定は全て調整しておこうと思って」
 今回のパーティーは、色々な業界で活躍する経営者が交流をするための会だった。城阪社長はこうした会で、新しい提携先の発掘や人脈に尽力する。もちろんここで話をしただけでは人脈ができたとは言い難い。その後の足場づくりのために、何度か会って話をするのがいつもの流れだ。彼の『パートナー』として参加するのは初めてだけど、彼の下で働き始めて四年も経てば、いい加減その辺りの機微も分かってくる。
 果たしてその推測は当たっていたようで、彼は一つ瞬きをしたのち小さく息を吐いた。
「流石だな。……助かる」
 ねぎらいと納得の織り交ざる言葉は、やや素っ気なく聞こえる。それでも、その声音には確かに優しさと労わりが覗いていて、これから始まるパーティーへの不安が和らいでいく。
 それを見て取ったのか、彼は私の背を軽く押しながら微笑んだ。
「そろそろ会場に行こうか、麻田」
「かしこまりました」
 あさだ、と彼の声で名前を紡がれるたびにどうしようもなく疼くこの心臓は、『初恋は叶わない』なんて言葉の意味を、きちんと理解しているのだろうか、――――自分のことながら心配になってしまって、私は慣れないドレスに包まれた胸元をそっと擦った。
< 2 / 76 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop