桔梗の花咲く庭
第1章

第1話

小雪舞う肌寒い夜、私は生まれて初めての輿に乗っていた。

お供は子宝と安産を願う雌雄の犬張子。

不安と緊張に、帯の守刀をぎゅっと握りしめる。

花嫁行列は高い白壁の続く静かな道を、ゆっくりと進んでゆく。

ふいに動きが止まった。

餅をつく音だけがここまで聞こえてくる。

貝渡しの儀式が終わった合図に、再び動き始めた。

式台へと進んだ輿はガタリと揺れ、ゆっくりと下ろされる。

御簾が巻き上げられると、私はそこから一歩を踏み出す。

あちこちに焚かれた松明からの火の粉が、白無垢の打ち掛けに散って焦がしてしまわないかと気を揉む。

付添人の待上臈の案内で手を引かれ座敷に上がると、休む間もなく祝言の間へと通された。

緊張で動かぬ足を気遣いながら、長い打ち掛けの裾を引きずり、のろのろと上座へ進む。

用意された席に腰を下ろすと、ようやくほっと一息をついた。

隣の新郎の席は、まだ空いたままだ。

待上臈はコホンと一つ咳払いをする。

「このたびはご結婚おめでとうございます」

そう言われ、私は頭を下げた。

いよいよ新郎の登場だ。

ついに今夜、この坂本家に嫁いで来た。

緊張で口の端も手も足も、驚くほどぎこちない。

「では先に、三三九度を交わしましょう」

祝言の作法は、家によって様々だ。

言われるがままに、盃を手に取る。

酒を注がれ、体にたたき込んだ所作通りに飲み干した。

鳴り止まぬ胸の鼓動を抑えつつ、それを膳に置く。

長い長い祝詞が続き、やがてそれも終わりを迎えた。

待上臈は目を閉じ、ツンと上を向いている。

いよいよ新郎の登場だ。

スッと襖の開く音が聞こえた。

視線をわずかに下に下ろし、じっと待っている。

初めて正式に顔を合わす相手だ。

輿入れの前に相手の顔を知るのは、無礼で恥じとされている。

私のことを、どんなふうに思うだろう。

どんなふうに思われるのだろう。

自分だって相手のことをよく知らない。

新郎の顔を盗み見るのははしたないと知りつつも、どうしても目が追ってしまう。
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