桔梗の花咲く庭

第2話

「うわ……」

取り出した短冊は、圧倒的に白かった。

そもそも和歌だなんてものは、性に合わない。

「しまった……。もっとラクなものを言っておけばよかった……」

竹馬? 独楽回し? 

いやいや、今はそんなことを考えている場合ではない。

白すぎる短冊と向かい合う。

どれだけ頭をひねっても、ロクなものが出てこない。

私はそれを文台に放り投げた。

いいや、そのままの自分で行こう。

何もなくたっていいじゃない。

あの人にどう思われようと、あの人がどう思おうと、今の私の立場は変わらない。

何を頑張ったところで、どうにもならないのだ。

「失礼します」

そっと板戸を開く。

細くたおやかな身を真っ直ぐに伸ばし、芽吹いた草はすっかり大きくなっていた。

若くみずみずしい清らかな葉を広げ、緑一面になった庭を前に、その人は座っていた。

あぁ、晋太郎さんは、この庭を本当に大切にしていたのだ。

そっと柔らかな風が吹く。

「鮮やかな、緑のお庭だったのですね」

「……。だから、手出しは無用と言ったのです」

何もない地面の下に、こんなものが隠されていただなんて、思いもしなかった。

「すみませんでした」

「もうそのことはよいのです」

静かな横顔は、わずかにうつむいた。

「句をみましょう。お出しなさい」

「は、恥ずかしいので、まずは基礎から教えていただけませんか」

「詠んだ句をみてほしいのではなかったのですか?」

首を横に振る。

恥ずかしいのもみっともないのも、全部承知の上だ。

「ここへ来る前に、全部捨てて参りました」

「……。分かりました。では最初から作りましょう」

その人は筆を手に取った。

しなやかな筆の先が青黒の墨に触れ、静かにそこを離れる。

紙面をさらさらと流れてゆくその黒は、とても綺麗だと思った。

この人が私のことをどう思っているのか、それは分からない。

だけどその筆が走り出すまで、じっと待ってみるのも悪くないのではないかと、そう思った。

「あなたは詠まないのですか?」

「あ、はい。私も考えます」

同じ場所で同じ仕草をしていることに、ちょっとうれしくなって、見上げた顔でにっと微笑む。

晋太郎さんはすぐに視線をそらした。

「さぁ! 気合い入れて詠みますよ」

「あなたもどこかで、習ったことはあるのでしょう?」

「あまり得意ではありませんでしたけどね」

若葉が風に揺れる。

ここはこの人の、大切な庭……。
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