桔梗の花咲く庭

第3話

「そ、そこまでしていただかなくても、大丈夫です」

「何を言ってるの? これから辛くなるのは、あなたの方なのよ」

晋太郎さんがやってきた。

「一体何の騒ぎですか」

「まぁ晋太郎、よく来ました。心してお聞きなさい」

義母は晋太郎さんを座らせる。

「志乃さんに赤子が出来ました」

「……。は?」

「つわりです」

その人は私を見下ろす。

吐き気がして、またウッと嘔吐いた。

「食あたりか、なにかではないですか?」

「えぇ? そうなのですか、志乃さん」

「わ、分かりません……」

二人からじっと見下ろされても、気分の悪い私はどうしていいのか分からない。

晋太郎さんはため息をついた。

「そうですよ。喜ぶのはまだ早いですよ、母上。もう少し様子をみてからでもよろしいのでは?」

「うれしくはないのですか?」

義母の憤りに、晋太郎さんは困ったようにうつむく。

顔を赤らめた。

「う、うれしくはありますが、まだそうと決まったワケではありませんので……」

「まぁ、あなたはいつから、医者になったのです?」

「母上の心配をしているのです」

「私のことなんて、どうでもいいじゃありませんか!」

その人はもごもごと口ごもった。

「は、早とちりをして、傷つくのは……、志乃さんですよ」

脂汗がにじんできた。

キリキリと腹が痛む。

「す、すみません。厠へ行ってまいります……」

歩き辛いほど腹が痛い。

付き添われて用をすまし、部屋に戻ってきたころには義母は姿を消していた。

晋太郎さんは深くため息をつく。

「大丈夫ですか?」

「えぇ……」

「全く。付き添いは不用、食事はしばらく粥で。それでよろしいですか?」

気持ち悪くて、すぐに横になる。

「手を……つないでもらってもいいですか」

そう言って腕を伸ばしたら、晋太郎さんはその手をぎゅっと握ってくれた。

「私が付いていましょう。うちわで煽ぎますか?」

首を横に振ったら、その人は小さくうなずいた。

バタバタと奉公人たちが動くのに、何かと指示をだしている。

つないだ手のほんのりとしたあたたかさに、少しほっとした。

手をつないだまま目を閉じてしまったその人を、見上げながら遠い蝉の声を聞いている。

いつの間にか眠っていた。

夕餉は一人、部屋で済ませ、そのまま横になっていた。

襖や廊下の向こうで聞こえる音や話し声に、じっと耳を澄ましている。

高い塀の向こうに日も沈んで、辺りはすっかり暗くなった。
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