桔梗の花咲く庭

第3話

「私は家のことを考えて……」

「それは十分に承知しております」

「ならばあなたが、もっとしっかり……」

義母はそれでも、言葉を選んでいるようだった。

「あなたのわがままに、これ以上振り回されてはたまりません。いい加減、先のことも少しは考えて……」

「もう結構!」

晋太郎さんが私の腕をつかんだ。

「行きましょう、志乃さん。この母と話すことなど、何もありません」

部屋を飛び出す。

この人に手を引かれ、真夜中の廊下を進む。

大きな月がぽっかりと浮かんでいて、そういえばあの日の月もこんな月だったかもとか、思い出す。

閉めきっていた北の間の板戸をガタガタと開ける。

夜の桔梗の庭を、私は初めて目にした。

「お入りなさい」

晋太郎さんは部屋から廊下へ続く間口に外した板戸を立て、そこを塞ぐ。

すぐに雨戸を広げた。

「虫は今夜は我慢してください。こうすれば暑さもしのげます」

月に照らされた一面の桔梗が夜風に揺れた。

「こちらへおいでなさい。それとも横になりますか?」

その人のいる縁側へふらりと向かった。

畳の段差から飛び降りると、引き寄せられるようにその隣に腰を下ろす。

青い桔梗は月明かりにぼんやりと浮かび上がる。

晋太郎さんはため息をついた。

「母には困ったものです」

大きな手で口元を覆い、前を向いているこの人の横顔は、少し赤らんでいるように見えた。

「きっとお義母さまも今頃は、『晋太郎さんには困ったものです』と、思っていると思います」

そう言って微笑んで見せたのに、その人はまた深いため息をついた。

「あなたは本当に、意味を分かっておっしゃっているんでしょうね」

「はい?」

「いいえ、何でもございません!」

腕が伸びてきた。

肩に触れた手が私を引き寄せる。

「今宵は籠城戦ですよ。戦の覚悟はよろしいか」

見上げると、目が合った。

「はい」と答えたけれど、なんだか可笑しくなって、くすくす笑ってしまう。

その人も笑った。

「さて。では何をして過ごしましょうか。朝まで長いですよ」

「囲碁をしましょう」

「打てるのですか?」

前に晋太郎さんが、ここで打っているのを見た。

「岡田の家では、父を相手にやっておりました」

「よろしい。それでは囲碁戦と参りましょう」

晋太郎さんは奥から碁盤を持ち出した。

囲碁を打つのも久しぶりだ。

「手加減はいたしませんよ」

「望むところです」

「置石はどうしますか?」

「う~ん……四子でよろしいかと」

晋太郎さんは先手の黒の石を四つ、真四角に並べる。

置き石とは碁を打ち始めるに前もって、盤に置いておく石のことだ。

これが多いほど、その色が有利になる。

「では始めましょう」

その人は、後手の白の石を手にニヤリと笑った。

長い長い夜に、私は一手目を打った。
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