「好き」にも TPOが必要
 調子づいて、ふざけているのだと、わかっている。だから早く同じテンションで笑いながら返さないと、数秒で楽しそうに細められた目が変わってしまうと、そうわかっているのに。喉に詰まった言葉が、声にならない。

……結果、俯いて熱くなった顔を見られないよう手で覆い隠すしかなかった。これでは〝Yes〟と言っているようなもの。怖くて、ちらりと反応を窺おうとした時、ちょうど予鈴が鳴る。先生が授業するクラスとは反対側の教室だから、正当な理由で離れられた。

 くるりと向きを変えたとき、ぽん、と頭に軽いなにかが乗る。ぴたりと動きが止まってしまって、そのあいだに柔らかく髪に指を通す感触が、数回繰り返される。最後にもう一回撫でられたそれの正体は、悪戯に笑う先生の手。

 認識した途端、指の先から頭までやけどしてしまうほどの熱が沸き起こる。ゴツゴツした指先が撫でていた髪に、触れられていない肌が嫉妬の炎を燃やしているよう。

——思わせぶりなことをされても、従順で純粋な生徒でいたかった。
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