京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。
春菜は左手に光る銀色の指輪へ視線を落とした。


真ん中にはルビーが輝いている。


アパートを引き払ってここへ戻ってきたときに純一からもらったものだ。


そのときのことを思い出すと今でも頬が熱くなる。


『よかった。戻ってきてくれたんですね』


大きな旅行かばんに詰められるだけの荷物を持って戻ってきた春菜を見て、純一は駆け寄ってきた。


そして間髪入れず春菜の体を抱きしめる。


こんな真っ昼間に、しかも旅館街でお客様の行き来が多い中抱きしめられた春菜は顔を真赤にして硬直してしまった。


『もしかしたら、もう戻ってこないかと思ったんです』


ひとしきり春菜を抱きしめた後、よくやく体を離して純一は言った。


『どうしてそんな風に思うんですか?』


聞くと、純一は少し居心地が悪そうに視線をそらし、そして『実は昔、約束していた女性がいたんです』と、口火を切った。


それは初耳で、春菜は思わず口をポカンと開けて立ち尽くす。


そんな。


純一にそんな人がいたなんて知らない。


ここで働くと決めてアパートも引き払って、その後でそんなことを言うなんて!


ショックで呆然としていたとき『といっても、小学校の頃の話しです』と付け加えられてホッと胸をなでおろした。
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