京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。
それから春菜は純一と一緒に厨房へ招かれて、間近でマツさんの料理を見ることになった。


厨房にはマツさんの他に3人の若い男性が立ち働いていて、みんなマツさんと同じように柔らかな雰囲気を持っている人たちだった。


「まずは一品目。タケノコの煮物だ」


小鉢に入れて出されたのは一口大に切られたタケノコだ。


醤油で甘辛く煮てあり、おかかがふりかけられている。


「おかかって珍しいですね」


言いながら一口食べてみると醤油の香りが鼻に抜けて、タケノコは柔らかく、だけど歯ごたえも残っていてとても美味しかった。


食欲をそそる厨房の香りにお腹がなってしまう。


「どうだい?」


「すっごく美味しいです!」


お世辞でもなんでもなく答える。


隣で試食していた純一も満足そうだ。


「いいですね。季節も感じられるしとても美味しい。ただ、菊の間に宿泊されている大田さんご夫婦に出すときにはもう少し柔らかくてもいいもしれません」


純一はお客さんの顔を思い出してそういった。


菊の間にとまっているのは80代の夫婦で、金婚式の祝旅行だということだった。


「さすが若旦那。わかりました」


マツさんはすぐさまメモを取る。


それから出される料理はどれも美味しくて、春菜は素直にそれを伝えた。


もっと気の利いたことが言えればよかったのだけれど、自分の語彙力のなさに辟易しかけたとき「それじゃマツさん。この調子でよろしくお願いします。僕らはこれから午後の仕事について話がありますので」と、純一が言って辞去することになった。
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