10秒先の狂恋 ~堅物脳外科医と偽りの新婚生活~

 唇を尖らせると、先生は苦笑して、リビングの引き出しから一つの小さな箱を取り出した。

「だけどこれは約束のしるし」

 そう言われて見せられたのは、あの時……最初の日、一緒に見に行った指輪。エンゲージリングだ。

「これ……あの時の……!」
「一番似合いそうだったから買った」
「でも……」

(これ、たぶん、あの店で一番高かったやつじゃん!)

 驚き、慌てふためく私に、先生は微笑んで私の目を見て言う。

「手、出して」
「……はい」

 少し戸惑ったものの、いつの間にか先生に右手を差し出していた。
 その手を見て先生は苦笑すると、私の左手を取ってそのまま自分の前まで持ってくる。

「こういうときはね、左手を出すんだ」
「……す、すみません」
「謝らなくていいよ。ただかわいいなって思っただけだから」

 そんなことをサラリと言って先生は笑う。
 そして、次の瞬間、真顔になったと思ったら、「俺からきちんと言わせて」と言った。

 私はごくりとつばを飲み込む。
 先生は私の左手を掴んだまま、私をまっすぐ見つめると、

「果歩、俺と結婚して」

と言った。
 その言葉に私は泣きそうになる。

―――ごめんね、先生。

「……はい。私でよければ……お願いします」

 私が頷くと同時、先生は私の左手の薬指に指輪をはめた。そして微笑む。

「やっぱり似合うな」

 その先生の嬉しそうな顔を見ていると、私は嬉しいのか泣きたいのかわからなくなって、いつの間にか泣いていたぐしゃぐしゃの顔で笑っていた。
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