生産性のない恋
「迷惑だった?」

職場の飲み会の翌朝、僕たちは職場の最寄り駅のホームにいた。

そこには、僕たちと数人のサラリーマンがいて、そのせいでより一層自分たちが浮いているように感じた。
いや、そもそも会社へ向かう彼らと家に帰る僕たちでは見ている景色も違うのかも知れない。

「終電をなくした女性を一人置いていけないでしょ」

居酒屋で解散した彼女が、目の前で終電を逃したのを偶然見かけてつい声をかけた。

中途入社の僕たちは唯一の同期だった。
同期と言っても中途入社だから年齢も違って、彼女は僕の二つ上だった。
入社研修以降あまり話す機会がなく、すれ違う時に挨拶するくらいの仲。

そんな僕たちはファミレスで他愛のない話をして、彼女が少しうたた寝しているのを見て過ごした。
それだけだ。

「そうだよね」

彼女は、ばつが悪そうにうつむいた。
本当に迷惑じゃなかったのだが、それが伝わっていないのかも知れない。

「本当に迷惑だと思ってないよ。
結構楽しかったし」

「よかった。私もすごい楽しかった」

彼女の緊張していた表情がほどける。
僕もつられて少し微笑んでいる気がした。

「あ、でも悪い人も世の中にはいるから気を付けて」

「君は、悪い人じゃないもんね」

クスクスと笑う彼女が、僕を覗き込んでいた。
その瞳が熱を帯びているような気がした。

「本当は悪い人かも知れない。二度目はないよ」

冗談めかして言いたかったのに、少し声が掠れる。
彼女は少し噴き出して、僕の顔をさらに覗き込む。


「好きになっちゃった?」


「は?」


まさかの質問に鼓動が激しくなって、つい口調が冷たくなってしまった。

あ、そうか。

青ざめていく彼女の頬を見て、気付く。
感じていたのは彼女の瞳の熱じゃない、きっと彼女の瞳の中に映る僕の熱だ。

彼女は、少し困ったように笑った。

「ごめん」

「や、ちょっと焦っただけ」

そう言うと彼女はふふっと笑った。
覚めたはずの酔いが頭をぼんやりとさせる。
僕は彼女から視線を外して、冗談を探す。


「あなたが僕を好きになったのかと思った」


あくまで笑い飛ばして言おうとしたのに、妙な熱のせいで嘲笑になる。

黙り込む雰囲気に、ほんの少し罪悪感を覚えて彼女の顔に目を向けると、同じように悪い熱を帯びた拗ねたような表情でこちらを見つめていた。
今度こそ、彼女の熱だった。

あ、やばいな。

そう思った瞬間には、唇を重ねていた。
どちらから近付いたかなんて忘れてしまった。
唇がじんと熱くなって、頭が眠気と何かでぼーっとした。
しばらくしてそっと離すと、彼女は自分の唇を指でなぞった。
それは余韻ではなく、『確認』に思えた。

「私、彼氏がいる」

え、と口にする前に彼女が言葉を続ける。

「どうしよう」

どうしよう、って何。
僕の中に答えはなくて、問いかける。

「どうしよう、って」

「同棲してるの」

畳み掛けるような事実に頭を殴られる。

「……今日は大丈夫なの?」

「今日は実家に帰ってる」

彼女は不安げな顔を浮かべて、僕を見上げた。
その顔を見ていると、沸き上がるものを感じた。

「もう、どうしようもないでしょ」

僕は消え入りそうな声でそう言って、また彼女にゆっくりと顔を近付けた。

そうして相手の同意を窺いながら、キスをした。
彼女は受け入れる瞬間は僕と同じ表情をするのに、離すと戸惑いを隠さなかった。
それがどうしようなく僕を孤独にさせて、もう一度唇を重ねた。
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