sugar spot



「…何、それ。」

「言葉のままなんだけど。」


さっきから、目の前の男は険しい顔のままだ。

だけど私はこの表情と口振りを
何処かで見たことがある。


"…俺はお前に、頼られたい。"

嗚呼、あの救護室だと記憶を手繰り寄せた時、この男のやけに歯切れの悪い言葉こそ、本心なような気がして。

それに気が付いたら、また視界のぼやきが酷くなってしまった。


「………それよりあんた、なんで此処にいるの。」

「あんなに中華行きたいって言ってた奴が、ドタキャンかまして来たからだろうが。」

「……、」

「それだけで…?」


こちらが尋ねているのに反応も無く視線を逸らす男は、やっぱりいつもの能面じゃなかった。

歪んだ面持ちも、嫌味ったらしい言葉も、素敵な態度だとは全く言えないけど、何故だか冷たさは感じない。


それよりも、むしろ。


「……あほだ、」

「は?」

私の言葉にいつも通りの反応が返って来て、予想通りだと笑おうとするけど、もう全然、無理だった。



意図してないのに笑顔の代わりに涙が絶えず出てきて、必死に手で顔を覆いながら俯いたのに。

後頭部辺りをそっと、ぎこちなく触れた手に引き寄せられて、そのまま、抱き締められてしまった。


___むしろ、その温度に安心している自分がいる。





「……花緒。」

「…な、に?」

「中華、今から連れてく。」


胸元に顔を押し付けられた状態で、直ぐ耳元で鼓膜を揺らす声が擽ったい。

突然の提案に、何度か瞬きをする。


「…私、行けないって言わなかった。」

「うるさい。」

「なにその横暴な返事。」


「仕事が立て込んでるなら我慢したけど、
理由それじゃ無いんだろ。嘘つくな。」

「……、」

「もうお前とすれ違うの、
懲り懲りなんだよ俺は。」


なんだ、それ。

そして"懲り懲り"は、ずっと、私の台詞だ。



「……でも私、頑張れてないよ。」

“連れて行くから大人しく頑張れ"って、
この男は言っていたのに。



「お前やっぱ馬鹿だな。」

「……」

「こっからまた頑張るために、行くんだよ。」


笑いを含んだ息遣いとその言葉を聞いた時。

何か1番最後の決壊が破られたように、涙が瞳からわっと、流れ出た。

泣き声を聞かれるのは嫌で、細く見えるのに本当はちゃんと逞しい背中に、しがみつくように腕を回してしまった。

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