sugar spot
#6.「天敵を知り己を知れば、終戦」

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《ご連絡ありがとうございます。
では面談は〇日の11時から会議室2でお願いします。

人事部 吉澤》



散々目を腫らしたあの日から、数日が経った。

土日を通り過ぎて、あっという間に月も変わって。



吉澤さんにメールで面談の希望日時を伝えたらすぐに返信をくれた。

___それが、今日だ。


会議室の前で、立ち止まる。

"そんなスタンスで、自分を殺してなんとかやってるなら、あんた、営業なんか向いてないわ。
やめなさい。"


そう言われてから、彼女とは顔を合わせていない。



あれから事態が劇的に好転することなんて勿論無い。

日々の業務をこなしてはいるけれど、
頭のどこかでふとした時に過ってしまう。

敷波さんからの連絡も、勿論無い。

何も、進んでいない。

だけど。



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「そんなの一言で言えるか。」

宣言通りに連れていかれた中華屋は、駅からそこそこ離れていて建物の年季も感じる、味わい深いお店だった。

お店そのものは分かりにくい入口なのに、やはりツウな人間に知られているのか、賑わいがちゃんとある。

店内奥の真っ赤な小さい丸テーブルに向き合って座った。

料理を待ちながらぽつりと「オフィスは必要か」を問われたと言ったことへの男の答えが、それだった。

「…そっか。」

男は平然と生ビールを頼んでいて、私は勿論許してもらえない。
流石に飲もうとも思っていなかったけれど、骨張った男の手の中のグラスから零れてしまいそうな泡を見つめて、それだけを告げる。


「でも、オフィスが無かったら、
今、俺らは此処に居ないな。」

「……」


有里の声は、いつもさほど抑揚が無い。

何も感情の揺れが見えないように思えてモヤついたこともあるし、腹が立つ言い回しに殴りたくなったこともある。

でも今は真っすぐ、耳に入りこんでしまうから不思議だ。


「…直属の先輩の、ぶっとんだ営業スタイルを目の当たりにすることも無い。
深夜まで、馬鹿な同期とカタログ梱包することも無い。」

「あんた、もうちょっと言い方ないの。」

表情をほんの少し緩めた男が、一口飲んだビールのグラスを微かに傾けて弄びつつ、切れ長の瞳で窺うようにして、私に視線をぶつけてくる。


「オフィスが無かったら。

配属されてからそういうの全部、無かったかもしれないって思ったら、俺は嫌だけど。

お前は、違うの。」

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週末のあの男の言葉を思い出して、肺の空気を総入れ替えするかのごとく、大きく息を吸って吐き出した。


そして漸く、会議室のドアをノックをした。






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