sugar spot





だから、亜子さんから話があった時。

咄嗟に「今日空いてます!」と言ってしまったけど、後々考えたら、能面にとっては、良かったのかもしれないとも思って。


《は?》

《二転三転して申し訳ないけど、今日女子会が入った》

やはり家には行かないと、夕方にメッセージで伝えた結果。

《お前、ちょっと階段来い》


なんの愛想も無い緊急召集を受けて、今こうして階段で男と対峙している。


"別に良いけど。
お前は今朝メッセージしてきたこともそんな直ぐ忘れんの?"


すらりと長い足を緩く組んで、無表情のまま尋ねられた言葉は、それなりにカチンとくる。

"別に良い"ってなんなの。
この予定変更も、この男には取るに足りないことのように聞こえる。



「…じゃあ、あの、良い週末を。」


なんだその言葉、と自分で自分の可愛げのなさに絶望してツッコミつつ、気まずい空間を脱出しようとしたら腕をあっさり掴まれて行手を阻まれる。



「…なに。」


そのまま綺麗な顔立ちが一気に近づいて、私の顔に影を作る。その瞬く隙に、この男の香りが濃くなった。


”あの時”もこの男の部屋でずっと、傍でこの匂いに包まれていたことを無意識のうちに思い出したら、もう顔の赤みなんか、絶対止まらないし、際限もない。


何をされるのかなんとなく自分の頭で考えが過って、混乱の中で逃げるように、とにかく目を強く瞑った。





「……、?」


だけどそのまま数秒間何かが起こることは無くて、瞼に込めた力を呆気なく手放して、持ち上げる。

頬を両手で掴まれ、どうにもこの能面しか視界に映らない状況で、その瞳に射抜かれれば更に動悸が激しくなった。


「……」

「なんかされると思った?こんな非常階段で。」

「、っ」



なんだ、この男。

相変わらず腹が立つくらい整った無表情のまま、まるで”私だけが期待していた”みたいな言い方をする。


「思ってない。離して。」

「…花緒。」



顔の向きを固定してくる手を剥いでやりたいと、自分の手を重ねた途端に、名前を呼ばれた。


「なに。」

「酒は飲むなよ。」

「……、」

「返事は?」


すり、と鼻先をそっと合わせて問われた言葉にうまく反応が出来ない。

今にも唇だって、ちょっとでもどちらかが動けば触れてしまいそうなのに、重なることはない。


「、分かったから、離して。」


必死に伝えて漸くその近すぎる距離から解放された時、「馬鹿」と溜息の中で呟きながら頬を柔く抓まれたけど、その言葉の真意は、よく分からなかった。


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