甘く縛って厳しく躾けて






 突然だけど、私の彼氏はかっこいい。


 現在下校中。住宅街で隣を歩いている、千堂花夏(せんどうかなつ)先輩は、同じ高校の先輩。特進クラスでとても頭が良い。学年どころか全国一位らしい。


 お父さんとお母さんが大学の教授と准教授をしているらしく、元から、じあたま? が良いと先輩のお友達さんが言っていた。授業を一度聞くだけで全て理解してしまうんだって。すごい。


 今はお家で授業よりもずっと先の勉強をしていて、将来はお父さんの大学で学びたいことがあるんだって、かっこいい。


 先輩は、アッシュグレーのふわりとした猫っ毛に、シュッとした輪郭、垂れた目元、通った鼻筋、薄くて色っぽい唇。どこか気怠げな表情、どこを取っても完璧なの。


 身長はもうすぐ180センチになりそうだとこの前聞いた。


 性格はちょっぴり怖いけど、馬鹿な私を見捨てずに正しい道へと導いてくれる優しい人。


 つまり、完璧人間。私の神様。



「世理(より)、俺の顔何か付いてる? 見過ぎ」
「今日も花夏先輩がかっこよくて……」
「世理も、今日もブレずにお馬鹿で可愛い」



 わぁ、頭撫で撫で気持ちいい……!!


 先輩に触ってもらえるのが気持ちよくて、その手に擦り寄ると、鼻をむぎゅりと摘まれた。慌てる私を見て先輩は少しだけ口角を上げた。


 私はお勉強が出来ない。


 テストはいつも赤点だし、取り柄はそれでもへこたれない、明るいところ。


 今日は、私が英語の授業で10回目の居眠りをしたばかりに、放課後先生に呼び出されてしまった。


 そして、成績も頗る悪いことからカンカンな先生に怒鳴られ、泣いちゃいそうだった時に、いつの間にか職員室に来ていた先輩が間に入ってくれた。



「俺が責任持ってこの子の勉強は見ますから」



 この言葉で先生は黙り、私は帰ってこれて今に至る。


 先輩が私のお勉強を見てくれる。


 私は堪えきれない幸福感からふにゃりと笑い、先輩の腕にひしりとしがみつく。



「こら、世理。歩きにくい」
「だって嬉しいんだもん」
「自分のモノの面倒見るのは当たり前だから。世理は俺のモノでしょ?」
「もちろんですっ」



 きっと、尻尾が私に生えていたらブンブン振り過ぎて取れてしまっているかもしれない。


 私が先輩の物。なんて甘くていい響きなんだろう。とろりと思考が溶けていく。


 そして先輩は私の歩くペースに合わせながら、ゆっくり、はっきりと私に言葉を投げかける。


 これは毎日、先輩と帰る時の日課。



「今日は、俺といない間何か楽しい事あった?」
「えー? ふふ、あのね、えっと、友ちゃんが見せてくれた犬の動画が面白かったんです。それで授業中も思い出し笑いしちゃって先生に怒られちゃった」
「へぇ、そっか。その動画今度俺にも見せてね。それなら、悲しかった事は?」
「え? うーんと、朝アイロンした前髪がうねっちゃったこと?」
「そんなこと気にしなくても可愛いから」



 先輩は、私のことを知りたがる。


 嬉しかったこと、楽しかったこと、悲しかったこと、嫌だったこと。全部全部、先輩の知らない場所での私が感じた事全て。


 けど、それは私がお馬鹿だから、間違ったことをしていないか、考えていないか、先輩が逐一聞いて正しく管理してくれてるらしい。優しいよね。


 ────そして、最後の質問。



「今日も、男子と会話してないよね」



 この質問に答える時、いつも先輩の雰囲気がピリリと怖くなる。


 そして私の答えによって、先輩がもっと怖くなるか、優しくしてもらえるかが決まる。


 そして今日、私はうしろめたいことがあった。



「……え、えと、その」
「世理、ゆっくりでいいよ。世理がお馬鹿なのは知ってるから、ゆっくりお話しして」
「あの、今日」
「うん」



 じいっと私の顔を見つめる先輩の目が怖くて、びくりと肩が跳ねる。嘘をつきたい、誤魔化したい。


 けど、前に嘘をついたら怖いことが沢山あったから、絶対にそれだけはダメ。今の私に出来ることは、本当のことをお話しすることだけ。


 いつの間にか立ち止まり、動揺から視線をあちらこちらへ向けていた私は、覚悟を決めて口を開いた。



「今日、係の仕事で、数学のノートを日下部くんと運んで」
「うん、係の仕事なら仕方ないね」
「それで、その時……日下部くんが野球部であった面白い話、してくれて」
「へぇ」
「それが、すごく面白くて、私もっと話聞きたくなっちゃって……で、でもその後先輩のことちゃんと思い出してっ」



「世理、もういい」



 温度のない凍ってしまうような声、顔を恐る恐る上げると、そんな声とは裏腹に花夏先輩は楽しげに微笑んでいた。けど、目が笑っていない。


 私の背筋は、ゾワリと粟立つ。


 だって、花夏先輩はあまり笑わない。いつも気怠げな表情ばかりで、こうやって笑う時は────。




「世理はお馬鹿だから、すぐに俺との約束を忘れちゃうんだよね。分かってる。自分が誰のモノかってことも、もっとキチンと教えてあげなかった俺も悪いんだから」
「せ、せんぱ」
「安心していい。今日もキチンと教えて、躾けてあげる」



 とても、とても怒っている。


 そして、先輩の言う躾は、大人のキスのこと。何度しても息の仕方が分からなくて苦しくて、酸欠になって、熱くて柔らかくて、思考が煮詰めたジャムみたいに甘くとろけて、腰が砕けそうになるとベロを甘く噛まれて厳しくされる。


 訳がわからなくなって、泣いちゃうほど翻弄され、合間合間に先輩のことが好きだと何度も言葉にするのを強制させられる。


 怖いのに拒否出来なくて、怖いのに躾けられたくて、怖いのに先輩が好きで、訳が分からなくなる。


 私が他の男のことを考えないようにする為らしい。



「行くよ、世理」
「……うぅっ」
「ちゃんとしないと、もっと厳しいお仕置きにするから」
「は、はい」



 私がお馬鹿だから、頭のいい先輩は全てを私に教えてくれる。躾けてくれる。


 怖いのに、私には先輩しかいない。


 私は、怖くて優しい先輩が、今日も大好きだ。


 

『甘く縛って厳しく躾けて』おわり
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