地下一階の小宇宙〜店主(仮)と厄介な人達

「  …たらこスパゲティ食べる?」


なんだか微妙な空気を、
"腹減った" にあやかってやんわりと断ち切ってみる。


海星はコーヒーカップをカチャリとソーサーに戻した。



「     …食うけど。」



ーーー食べたいなら食べたいって言えばいいのに、難儀な子…



「私が切り盛りするようになって、今日初めて出したフードメニューなんだー。」



鍋にお湯を入れながらパスタの用意をしていく。


「 初めて?」

海星が眉間にシワを寄せて、怪訝そうに吉乃を見上げた。


「突然の事だったから料理まで出す余裕が無くて。

でも… 投げ出せないなら、目の前の変化に対応して行くしかないじゃない。

降りかかって来てしまったものを放置して逃げ出しても、結局はずっと忘れられないもの。

捨てたつもりで違う道を歩いていても、どこかできっと引き摺って…

違う道も私はきっとうまく歩けない 」




海星の動きがぴたりと止まった。



相変わらずカチャカチャと料理を準備する佳乃の背中を、呆然と見つめたまま動けない。


幼い頃自分に降りかかった変化に苦しんで反発して逃げ出して、未だに埋められない穴が自分と家族にはある。


病室で、母親へ小さな小さな一歩で歩み寄る気分になれたのも、実は佳乃に最初に言われた言葉がきっかけだった。



"大事な物を背負える人の言動じゃない"



あの時はただただ腹が立っただけだが、
自分がやってる事はただのガキの反抗で、
全く子供の頃から成長出来ていなかったのではないか、と改めて突きつけられた。


周りは前に進む。

父親のあの店も、始めた頃とは違うのだ。
自分だけが取り残されている。



そんな事をぐるぐると考えている所で、
また佳乃に出会った。


あの時このカフェで泣きながら取り乱していた人間が、他人の面倒まで見て、大人がどうのこうのと言っていたくせに、くるくる表情を変え、黙って見ていられないくらいドジだったりする。


なんだか今までの色んな事がバカらしくなってくるのだ。
< 57 / 97 >

この作品をシェア

pagetop