地下一階の小宇宙〜店主(仮)と厄介な人達
駅を出て自転車に乗って店に向かってる時間が好きだ。


徒歩30分の距離もあれば、それなりに色々景色が変わって面白い。

同じ駅の町なのに、現代的な都会からノスタルジックな寂れた町に変わる境目がある。


その境目を越えたらもうアンカサはすぐそこだ。




基本真面目な佳乃は毎日しっかり決めた時間に店を開ける。



午前10時。


開店後一時間は客は入らない。
その時間もまた心地よいのだ。


つい2ヶ月前までは想像すらしていなかった世界だ。

人生とは何が起こるかわからない。



カウンターの中のパイプ椅子に腰掛けて、創太郎がそのまま置いていった、

『マングローブの中心で愛を叫ぶ』

という謎の本を手にとって開く。



プロローグをさらっと読んでみたがいまいち的を得ない。



このまま第一章に入るのも気乗りせず、頁を捲る手を止めていると、来店を知らせる鐘が鳴った。




「  …あら、ゴローさん。 
午前中なんて珍しいですね!」


新しくランチメニューを出した時でさえ、食べに来たのは午後だったし、普段は夕方に近い時間に来ることが多い。


「うん、 これ、ちょっと早く見せたくて…」


話しながらいつもの椅子に腰掛け、すぐに封筒からコピー用紙に印刷された画像を取り出した。


「これさ、この前の…。 解析してもらったんだ。」


なんだか珍しく神妙な空気を醸し出しているゴローさんが、A4くらいの紙を3枚カウンターに並べた。


佳乃はよく見える場所に移動して覗き込む。



「  …っえ… ?! ちょっと待って…ゴローさんこれって… 」


驚きを隠せない佳乃が口元を抑えて目を見開いた。


そんな佳乃の反応をはじめから予測していたゴローが、一つ頷く。


「うん…。   エレナちゃんの親友の子だよね… 。 あの、一緒に写真に写ってた子。」


A4容姿にコピーされた画像は、マスモトさんが持ってきたあの薄暗い場所を拡大した写真だ。

ただし、エレナの顔だった女の子は、加工を除去されたのだろう。

少し画質は粗いが、レオタード姿の二人を撮影したスナップ写真のエレナの横の女の子の顔に変わっていた。


写真から与えられる印象は違えど、鼻の横のほくろと泣きぼくろが印象的な、エレナの親友だと言うその子に間違いなかった。
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