女神に頼まれましたけど
 リザベーテの入学と同時に留学してきたのが、王妃の出身でもある隣国の王女、マリアンヌ・デ・ロアだった。
 クルクルと波打つピンクブロンドの髪に、エメラルドグリーンの大きな瞳。ぼってりとした唇には、年齢に似合わない色気がある。隣国の王太子の末姫。隣国の国王は王妃の叔父にあたり、従兄の娘にあたる。血の繋がりがあるせいか、王妃とも面立ちが似ている。

「叔母様、ご無沙汰しております」

 にこやかに挨拶する可愛いらしいマリアンヌ王女の姿に、王妃は自分の身内の姫の方が、正妃になるのが正しいのではないか、と思い始める。
 そう思い出したら、相手が『聖女』と言われようが、これ以上、王太子妃としての教育をする気もなくなり、パタリとリザベーテを呼びつけることがなくなった。
 その代わり、王妃の傍にはいつもマリアンヌ王女がいることとなる。

「所詮、平民の娘でしょう? 私の方が、オーガスタス様に相応しいと思いますけれど」

 自信満々のマリアンヌの言葉に、余計、自分の考えが正しいと思い込んでいく。
 そして、こっそりと息子に耳打ちする。

「聖女など、いなくても、我が国は今までずっと安泰であったではないか……あんな、女よりも、マリアンヌを娶った方が、我が国の為になると思うのだけれど……」

 ポツリと不和の毒を落とす。
 いくら心を開いてもらえるようにと、言葉を尽くしたところで、リザベーテから視線が向けられることはない。
 すでに大きな溝が出来ていたのだ。愚かな王太子の変心に、たいして時間はかからなかった。なにせ、相手は王妃公認なのだ。

 ――浮気ではない、マリアンヌ・デ・ロア、彼女こそが、本来の王太子妃になるべき女性なのだ。

 いつしかそう自分に言い聞かせている王太子に、罪悪感はなかった。

 そして、冒頭の婚約破棄へと繋がっていく。
 リザベーテは知っていた。
 彼らが王太子の卒業パーティで、自分との婚約破棄を狙っていることを。
 そもそも、彼らも隠すつもりもなかったようだ。
 学園の中庭で、人の目を気にすることなくいちゃいちゃしている二人の姿は、学園中で知らない者はいない。
 マリアンヌ王女自身も、「未来の王妃は自分だ」と声高に言い、彼女の周りの者は、肯定して憚らない。


 それならば。
 
 ――堂々と自由の身になり、この国を出ていくまでのことだ。

 薄っすらと酷薄な笑みを浮かべながら窓から見下ろす様は、『聖女』とは程遠いものだった。
< 6 / 7 >

この作品をシェア

pagetop