探偵日記

第18話『 追憶への失踪 』1、依頼

第18話『 追憶への失踪 』

 『 探偵 』と言う職業をメインにして生計を立てていた5年半は、実に、
 様々な人間模様を垣間見る事が出来た。
 人生・生来・生き方・考え方etc…
 案件自体にも、難度あり、奇抜な依頼あり、短期・長期、様々だった。

 そんな中、特に心に残っている案件がある。
 行方調査の案件だ。 しかも、金銭絡み…
 債務を踏み倒しての失踪案件は、まず成功しない。
 対象者は、巧妙に『 足跡 』を消して逃走しているからだ。
 当初、東京の本部からも、「 まず見つからないだろう 」と言われた案件……
 それは、手掛かりも全く無く、ほとんど手探りで始め、苦労の連続だった。

 『 探偵日記 』最後の案件は、心に一番残る、難解だったこの案件を、
 完全ストーリーで綴らせて頂こうと思う。
 題して『 探偵日記・2 追憶への失踪 』。

 心の記憶を、紐解いてみよう……


1、依頼

 ある日、事務所の電話が鳴った。
「 人を探して欲しいんだがね 」
 初老の男性の声だ。
 電話に出た葉山は、男に聞いた。
「 人探しですね? 失礼ですが… 失踪された方ですか? それとも、過去に生き別れた方ですか? 」
 男は答えた。
「 実は、友人から保証人になってくれ、と言われてね。 なってはみたものの、その友人がどこかへ行ってしまって… 」
 わりと、落ち着いた喋り方だ。 推察できる危機に対して慌てた様子は無く、紳士的な雰囲気が感じられる。
( 金銭絡みの行方調査か… 長期の調査になりそうだな。 調査料金が高めになるが、予算はあるのかな? )
 葉山は、どう対処しようか、一瞬、迷った。
 おそらく、調査料金を聞いて来るだろう。 行方調査となれば、通常、100万は超える。 5~60万で出来ないでもないが、ナニがあるか分からない。 突然の遠方出張になる場合も多く、思わぬ支出に慌てない為にも、予想経費を多めに算出しておいた方が賢明だ。 予算は、多い方が色々な調査手段を選択出来るし、結果的に依頼者に対し、満足してもらえる報告が出来る事にもなる。 しかし、高額な料金が掛かる事を説明すると、大抵の相談者は電話を切ってしまう……
 葉山は、料金の事には触れないよう、会話を選んで応答した。
「 込み入ったお話しのようですね。 お電話では、何ですから… 一度、お会い出来ませんでしょうか? 」
 …多分、ここで引かれるだろう。 会えば、契約をさせられる… そんなイメージが、この探偵業界にはあるのだ。
 相手の断り言葉を察知し、葉山は続けた。
「 ご相談に関わる料金は頂きませんから、ご安心を。 無料です。 まずは、お悩みになってらっしゃる、あなた様の相談相手になりましょう。 もちろん、プライバシーは厳守致します 」
 相手は、静かに葉山の説明を聞いている。
 普通、依頼人にとって『 料金は、いくら掛かるのか? 』が、最優先の質問事項だ。 しつこくそれを聞いてくる事が多い。
 …だが、この依頼者は、他とは違うようだ。 金銭的に余裕があるのだろうか。 それとも、単なる冷やかしで掛けて来ているのだろうか? いずれにせよ、すぐに電話を切られてしまうよりは良い。

 葉山は、更に続けた。

「 ご相談は、何時間、掛かろうとも構いません。 その結果、調査をしなくとも良い最善の対処法が見つかったのであれば、それもお教え致しましょう。 相談と言うよりは、無料のカウンセリング、とでも言いましょうか。 どこかお近くの喫茶店でも… 」
「 それなら、会社の方に来てくれるかね? 」
 葉山の言葉を、幾分、制止しつつ、男はそう言った。
「 会社… ですか? …あの… お仕事の邪魔になりませんか? 」
 会社に来てくれと言うのは、意外だった。 通常では、まず無い。 役職があり、個室が与えられているという事なのだろうか。 それにしても、私的な事で会社に訪問しても良いものかどうか…… もしかしたら、法人としての依頼なのだろうか?
 困惑する葉山に、男は言った。
「 構わんよ。 住所を言うから、来てくれないか。 え~と、中区陣保町 2の3、セントラル商事。 私は、上野 義光と申します 」
 男が言う住所を、電話機の横にあるメモ帳に書き写す、葉山。
「 かしこまりました。 では、明日の11時頃でいかがでしょうか? 」
 『 頃 』という提案に、葉山はこだわっていた。 到着が、多少に早くても遅くても、相手には『 頃 』という認識が働く。 日常、何が起きるか分からない生活を送っている葉山は、時間を伝える時には、必ずそういった表現に努めていた。
「 うむ、構わんよ。 手間を掛けるね 」
 いかにも会社役員を思わせるような口調。 葉山は、この上野という男の社会的地位を認識した。
「 では私、葉山が伺わせて頂きますので、宜しくお願い致します 」

 電話を切った葉山は、考えた。

( こいつは、契約までイケるかもしれないな…! チーム編成を、どうしようか? それによって、料金が変動するし…)
 タバコに火を付け、座っていたイスの背もたれにもたれながら、葉山は思慮した。
 この探偵社を、葉山は1人で経営している。 フランチャイズ制のこの探偵社は、他に支社が幾つもあり、応援の人手が要る場合、協力を要請する事が出来る。 もちろん、その場合、協力者に報酬を支払わなければならない。 1人で動いた方が当然、収入が増える訳だ。 何人も調査員を抱えている規模の大きな支社に案件ごと全部渡し、営業権に相当する金額だけをもらっても良いが、行方調査は、考えながら調査を進める業務が多く、探偵冥利に尽きる仕事だ。 出来れば、自分でやりたい。
( 初動調査だけでも、応援をもらうか… )
 葉山は、支社を直轄しているブロック本部に、電話を掛けた。 日頃から情報などを交換したり、業務を連携している近隣の支社でも良かったのだが、本部にいる経験豊富なベテランと、葉山は好意にしており、その戦力だけは確保しておきたいと考えたからだ。

 そのベテランは女性だが、なかなか行動力がある。 以前は結婚していたが、離婚。 現在、45才。 少々、キツイ印象を受けるが、頼りになる。

『 あら、葉山さん。 お疲れ様。 アレ、どうなったの? 葛飾支社の案件調停。 支社長の辻井さんからは、相変わらず連絡が無いけど、うまくいった? 』
 電話に出た彼女は、何も言わない前から、葉山に聞いて来た。
「 ああ、何とかね。 慰謝料と財産分与分、合わせて4600万円だってさ 」
『 ふ~ん… まあ、そんなもんよね。 旦那さん、セカンドワークで結構に、固定資産があったから、良かったわよね、奥さん。…で、今日は、ナニ? 』
 パソコンのキーボードを打つ音が、受話器を通して聞こえて来る。
「 実は、行方が取れそうなんだ 」
 葉山の言葉に、彼女は敏感に反応した。
『 …いいじゃない! 』
「 まだ、明日、面談するだけなんだけどね。 もし取れたら、小島さん、手伝ってくれる? 」
『 やる、やるっ! 絶対、やらせてよッ? 』
 受話器からは、弾んだ声が返って来た。
 浮気調査ばかりで、いい加減、ウンザリしていたのだろう。 実際、探偵とは言え、その日常業務は、ほとんどが浮気調査である。 だが行方調査は、聞き込み・データ調査・張り込み・推察… 業務遂行に際し、調査形態のあらゆるコンテンツを含む。 ベテランの小島にとっても、やはり、やり甲斐のある仕事として認識しているらしい。
「 初動では、4~5人の応援を頼みたいんだ。 空いてる? 」
『 大丈夫よ。 大澤さんと吉野君、空いてるし… みっちゃんも大丈夫かな。 明日、面談なの? 』
「 うん。 その面談だけど、小島さんも同行してくれない? 女性がいた方が、相手も話しやすいだろうし。 まあ、忙しいなら、1人で行くケド… 」
『 何時から? 』
「 11時。 中区だよ 」
 自分の予定を確認しているのか、手帳をめくるような音が受話器越しに聞こえて来る。
 やがて、小島は答えた。
『 うん、何も無いわね…! いいわよ。 迎えに来てくれる? 』
「 OK。 じゃ、10時過ぎに行くね 」
 まだ、契約が取れた訳ではない。 しかし、どんな内容の依頼なのか分からないからこそ、下準備が必要となる。
 これで、調査員の確保は出来そうだ。 少々、面倒な内容であっても、充分に対応出来そうである。

 契約書を用意し、葉山は面談の準備に取り掛かった。
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