探偵日記

第25話『 追憶への失踪 』8、糸口

 三鷹興業の社屋は、ごく普通の不動産屋の構えをしていた。
 比較的、新しいマンションの1階を店舗としているようだ。 近隣の空き物件を張り出した看板が、幾つも店頭に出してある。

 近くにあった公衆電話ボックスから、ビデオで社屋を撮影する葉山。 入り口をズームし、様子をうかがう。
「 不動産取引の認可票は… あるな。 業者協会のシールもある。 一見、カタギのようだが… ん? 」
 入り口のガラス扉に、『 暴力団関係者追放 立ち入り禁止 』というステッカーが貼ってある。
「 何で、こんなモンが必要なんだよ…! 自分たちが、関係者だって、言ってるようなもんだぜ 」

 不動産が、暴力団の資金源になっている事はよくある。
 協会としても、ステッカーなどを配布し、その健全性をアピールしたいところだろう。 しかし、客に対するイメージダウンを考慮し、掲示を実践していない店舗が多いのが実情だ。 逆に、他の組織とのトラブルを防ぐ為、下部末端の店舗は暗黙の了解として、このようにステッカーを貼る事がある。 決して、全てではないが、暴力団末端組織としての可能性、あるいは、それら団体との関連がある事を示唆する要因の1つ、とも考えられるのだ。

 葉山は、ズームを戻し、店舗の周りの情景を撮影した。
 あちらこちらに、国産の高級セダンや、黒塗りの外車が路上駐車してある。
「 …一目瞭然だな 」
 ビデオの電源を切り、受話器を上げる。
 電話をかけた葉山は、店舗の方を横目で見ながら、受話器を耳に当てた。
『 はい、三鷹興業です 』
 若い、男性社員の声だ。
「 大阪の酒井じゃい。 社長、おるかいな? 出してんか~ ああ? 」
 しゃがれた声で言う、葉山。
『 …は? 社長… ですか? あの… どちら様でしょうか 』
「 何べんも言わすな、コラァ! 朋友会の酒井じゃ。 さっさとせんか、ああっ? 」
 思いっきり、巻き舌でがなる、葉山。
『 さ、さかい…様? 申し訳ありません。 所長は、外出しておりまして… あの… 』
「 いねえのか、おお? …おどれ、名前、何ちゅうねん? 」
『 あ、はい… 主任の森田と申します 』
「 森田? 知らねえな。 まあ、ええ。 フォレスト・ヒルの件、どないなってんじゃ。 入れるんか? お? 」
『 え? フォレスト・ヒル? 』
「 飯島ってヤツから、差し押さえた物件じゃ! ヌケた事、言ってじゃねえぞ、コラァッ! 」
『 あ… そ、その件は、部長がやってまして… その… 』
 男性社員は、泣き出しそうな声になって来た。
「 車はどうしたんじゃ! 車はッ! 」
『 は? 車…? 』
「 おう 」
『 あ、あの… え? 車ですか? 』
「 テメー、ナメとんのか、コラァッ! ベンツ、どうしたかって聞いとんじゃ、ワレエ! 」
『 え? あ… ああ、あのベンツですか… え、え~と、えっと… わ、分かりません。 部長が、やってたんで… その… 』
「 テメー、伯父貴に報告しとくさかいな! 所長が戻ってきたら、コッチに電話させえ。 ええな! 」
『 は、はい。 お電話番号は…? 』
「 そんなモン、てめえらで調べんかい! アホんだらァッ! 」
 ガチャン、と受話器を乱暴に置く、葉山。

「 …コワ色声は、久し振りだったな 」

 少しムセながら、葉山は呟いた。
 7色の声、とまではいかないが、葉山は、3通りほどの声が出せる。 あまり完璧に使い分ける事は出来ないが、イントネーションとキーを変え、印象を変化させるのだ。 声質が変わる電話応対の際は、結構に別人のように聞こえる。 これは、葉山にだけ出来る芸当ではない。 その気になれば、誰にでも出来るのだ。 ただ、その必要性があるかないか、である。

「 やはり、この不動産屋が、義和氏のマンションを差し押さえていたか… ベンツも、そうだな 」
 購入の事実はあるものの、存在の影すら無く、行方不明となっていたベンツ……  カマを掛けて聞いてみたが、ビンゴのようである。 ちゃっかりと、この不動産屋が確保していた。 街金からの融資担保にもなっていたはずだが、連中にとってはお構いなしのようだ。

 葉山は、ポケットから手帳を出し、路上駐車している外車や、国産の大型セダンのナンバーをメモした。
( 最悪の場合、こいつらの身元割り出しをして探らにゃならんな…… ヤだなあ… 岡島を当たった方が、まだマシかもな )
 電話ボックスを出る、葉山。
 これで大体の聞き込み対象は、すべて廻った事になる。 しかし、失踪先の特定判断が出来るような情報は、これと言ってない。 ハッキリ言って、煮詰まり状態である。

( …まてよ? )

 今までの調査で入手した情報を、歩きながら整理していた葉山は、ある点に気が付いた。
( …そうだな…! うん、これでいってみるか…! 経費も掛からないしな。 面倒臭そうだが… この際、仕方あるまい )
 葉山は、足早に本部事務所へと戻った。


「 宗治氏の、研究内容を調べる? 」
 帰って来た葉山に、小島は聞いた。
「 うん。 和樹さんの話しでは、博士号を取っていたって話しだったろ? 漁業か、何かの… 」
 ショルダーからビデオカメラを出しながら、葉山は言った。
「 そうね… 確か、そんな事を言っていたわよね…… 」
 葉山からビデオカメラを受け取りながら、小島が答えた。
 電源を入れ、再生ボタンを押す。 先程、撮影した、三鷹興業の社屋が、ビューパネルに再生された。
「 …ナニ? この外車の数。 まんまじゃない 」
「 もうすぐ、車内のズームになるから、よく見てて… ほら、ここ! 止めて 」
 葉山がビューパネルを操作し、更に、映像をデジタルズームする。
「 …これ… 背広の上着ね? 」
「 襟を見て 」
「 …銀バッジが付いてる…! このバッジは…… 」
「 大阪の広域指定暴力団、稲山会のだよ…! 初動の時、上野さんや五木さんたちと、あのマンションに踏み込んでたら… エライ事になってたね……! 」
 小島が、舌を出し、肩をすくめながら答えた。
「 鍵を交換するなんて、とんでもない事だったわね 」
 映像を静止画として認識させ、パソコンに取り込む。 それをアプリケーションに対応変換し、モニター画面に挿入する。 写真を貼った報告書ではなく、画像を印刷した報告書を作成するのだ。
「 その… 宗治氏の研究を調べて、どうするの? 」
 パソコンを操作しながら、小島は、話を戻した。
 葉山は、小島の傍らにあったイスに座り、答える。
「 和樹さんが、言ってたろ? 昔の研究を再開する為に、当時、研究していた場所へ行ってるかもしれないって 」
「 そうね… 確か、そんなコト言ってたわね。 でも、場所がハッキリしないんでしょ? 」
「 博士号を取ったって事は、論文を発表しているはずだ。 論文を発表したって事は… 本になってる… って事だろ? 」

 パソコンのキーボードを打つ手を止め、葉山の方を向いた小島は言った。

「 …その筋書き、イイわね…! その本を探すのね? 」
「 そう…! 」
 座っていたイスの背もたれにもたれ、腕組みをしながら小島は言った。
「 なぁ~るほど…! 研究論文とは、気付かなかったわ……! 」
「 だろ? 研究は、ほとんど、チームを組んでやるモンだ。 たとえ1人でコツコツやった研究でも、必ず、協力者や団体の存在があるだろうし、研究した場所なんかも、論文内に必ず出て来るはず…! 」
「 失踪先は、研究の舞台となった場所…か。 …しかし、面白いわね、この案件。 調査対象が、コロコロ変わるもの…! 今度は、その本を探すのね? …でも、残ってるかしら、その本。 発行されていたとしても、もう30年以上前よ? 」
「 調べてみないと判らないな。 昔の研究を再開する為に、当時、研究していた場所へ失踪した、 と仮定して調べてみるよ 」
「 そうね…… 今の所、その仮定に賭けてみるしかないわね。 情報は、すべて行き止り… 八方塞りだもの。 葉山さん… 明日から、しばらくは、図書館通いになりそうね 」
 少々、ウンザリしながら、葉山は答えた。
「 これも仕事だから仕方ないな。 三鷹興業のヤクザを相手するよか、よっぽどマシだよ。タヌキの弁護士も、一筋縄じゃイケそうもないし……! 」
「 でも、最悪の場合は、相手しなくちゃならないかもね。 覚悟、出来てる? 」
「 そのリスクに似合った報酬が、ド~ンと用意されていればなあ…! 合法的に、どんな手段でも駆使するんだケド…… ま、とりあえず、平和的な解決の手段として、図書館に行って来るよ 」
「 分かったわ。 あたしは、この報告書、何とか仕上げるわね。 物凄い量になるわよ? 債務積算だけで、50ページは超えてるの。 ピント・フリーズしちゃいそう…! 」
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