純愛
「なぁ、つばき。去年の夏祭りの夜。船着場で三人で話したこと、覚えてるか?」

「もちろん。」

「お前さ、あの時泣いてたよな。」

「泣いた?」

「元の三人に戻りたいって。嫌がらせも辞めるし、これからも三人で一緒に居たいって。お前は声を震わせて…。」

つばきはその時のことを思い出そうとしているのか、あの日していたみたいに、手を空にかざした。
その手の中に金魚が入ったビニールの袋は無いけれど、あの時グラウンドからの光に反射した赤い金魚を、今でもはっきりと思い出せる。

「あぁ…。あれ、笑ってたんだよ。」

「笑ってた?」

「そう。笑ってたの。なんて優しくて単純な人達なんだろうって。おかしくておかしくて。そっか。泣いてると思ってたんだ。ほんと、とーか君もカンナちゃんも優しいね。」

「じゃあカンナに言ったことは?嫌がらせも辞めるし、カンナがこれ以上悩まなくてもいいようにちゃんとするって。」

「してあげたでしょ?ちゃんと、カンナちゃんがこれからずっと悩まなくてもいいように。静かに眠れるように!」


つばきの背後には大きくて見事な満月が空に浮かんでいる。そのあまりにも見事な満月に背を向けて笑うつばきに、ゾッとした。

「見て。」

つばきが俺を促す。防波堤の下、水面を指差している。

何も無いはずなのに、つばきは何を見せたいのだろう。ジッと目を凝らす様にして見たけれど、暗くて黒い水面には、やっぱり何も見えない。

「カンナちゃん、海に落ちた時、何も言わなかった。声も上げなくて、ちょっと手足をバタつかせてたけど、すぐにその動きもやめたの。カンナちゃん、笑ってた。」

「笑ってた?カンナが?」

「笑ってたの。全てを受け入れる様な顔をして。また私に何かを言い聞かせるみたいに。死んじゃう時もカンナちゃんは聞き分けのいい優等生だった。」

つばきが下がっていた一歩分、また俺に近寄った。涙が次々と流れた。
カンナの最期。そんな悲劇でさえカンナは受け入れて、つばきの記憶の中で美しくあろうと思ったのかもしれない。
散ってしまっても色褪せない、鮮やかなカンナの花びらみたいに。
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