シングルマザー・イン・NYC
やがてコンサートが終わり、私たちは家路についた。

後方では花火が断続的に打ち上げられ、前方の暗闇に蛍が青白い線をスッと描いては消える。
ゴミ箱には餌をあさっているアライグマ。

セントラルパークは、大都会の真ん中とは思えないほど、自然が豊かだ。

篠田さんと私は手をつないで、そのうち腕を組んで、アップダウンのある道を、コンサート帰りの人達に連なって歩いた。

公園を西側に抜け、ダコタ・ハウスの前を通る。
ジョン・レノンが住んでいた建物だ。
大きくて立派だけど、決して派手ではなく、でも住めるのは超一流のセレブだけ。

そこから五分ほど歩くと私とアレックスが住んでいるアパートで、篠田さんはこの日初めて、エントランスまで私を送ってくれた。

今までは、地下鉄や通りの角で別れていたのだ。

「趣のある建物だね」

篠田さんは感心したようにアパートを見上げている。

「俺が住んでる大学の寮とは全然感じが違う」

「古いから。でも中はリノベーションしてあって、きれいなの。天井も高いし。なぜかうちの部屋にはトイレが二つあって、これはすごく助かってます」

「なんで?」

「ルームメイトがいるから」

「日本人?」

と篠田さんがきいたのと、

「希和!」

と後ろから声をかけられたのは同時だった。

振り向くと、ぱんぱんに食材が入った紙袋を両手に下げたアレックスが立っていた。そして

「デートの帰り? 篠田さんですよね、僕のこと、覚えてます? 希和とおなじ美容室で働いているアレックスです。部屋、寄っていきます?」

と、それは感じの良い笑顔で誘ったが、篠田さんはちょっとひきつった顔で、

「はぁ」

と返事をした。
< 28 / 251 >

この作品をシェア

pagetop