5時からヒロイン
社長のマンションを出てタクシーをつかまえる。朝っぱらから血相を変えて、髪を振り乱した女が乗ってくれば、運転手はさぞ驚いたことだろう。まるで貞子だ。
座席に座って、化粧ポーチから鏡を取り出して見てると、悲惨な顔が鏡に写っていた。ティッシュで顔を押さえて、ぼさぼさの髪を手櫛で整えゴムで縛る。
こんな状態の女をよく乗せた物だと、ちらりと運転手を見た。
おつりも受け取らずにマンションについて、一目散に家に入ると、服を投げ捨てシャワーを浴びる。風呂に入りながら歯を磨き、素っ裸で風呂から出ると、ベッドの上に脱ぎ散らかしていたパジャマをとりあえず着る。
乾かすのに時間のかかる、長い髪をドライヤーで乾かしながら、スケジュールを手帳とスマホをチェックした。

「今は考えるのはよそう。失敗しそうだから」

昨夜何があったのか、私はまったく記憶にない。
なぜ何かあったと確実に分かるのか、身体に残った痕が教えてくれた。点々と数か所、赤い痕が残されている。風呂に入ると丸わかりで、恥ずかしさで一杯。
テレビを点けて時間を確認しながら、朝のニュースを見る。だが、頭になど入ってくるわけもなく、社長の顔が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。

「もう、無理」

家を出る時間のタイムリミットだ。いつもまとめている髪は、乾かしてブローをするのが精一杯。クローゼットからスーツを出して着替えると、バッグをひったくるようにして持った。

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