5時からヒロイン
大嫌いなパーティーが今夜ある。
だけど、タキシード姿を見ると彼女がとてもいい表情をするので、参加も悪くないと思ったりする。

「面倒くせぇな……」

タキシードに着替え、髪をパーティ使用にセットする。
本当の俺はだらしがないし、ゆっくりと気の赴くままに過ごすことが大好きなんだが、彼女に迷惑をかけないようにと、規則的な行動をするようになった。
少しでも負担を軽くしたいと思ってのことだったが、どうやら少し違うようだ。

「焦らせたい訳じゃなかったんだけどな」

忙しなく動く姿を見て、なんでもきっちりしてしまうのは良くなかったかと思ったが、今更それを変えるのもおかしい気がして、直せないでいる。

「時間だな」

時間を確認すると同時に、彼女からも言われる。
社長室を出ると、華やいだ彼女の顔が見えた。

「出よう」
「畏まりました」

彼女の前を通り過ぎるとき、ほんのりチョコレートの匂いがした。
つまみ食いしたな。
沙耶は隠しているつもりかもしれないが、俺は知っている。
いつも引き出し一杯にお菓子を入れていることを。
食事をちゃんとしないで、お菓子ばかりを食べるなんて言語道断だ。
そうさせているのは俺か。
しかし、いつもなんとなく、少しだけ、若干……変わっているところがある女だと思っていたが、今もおかしな動作をしている。

「どうかしたのか?」
「え?」
「歯でも痛いのか?」
「歯?」
「頬に手を当てている」
「あ、いえ、なんでもございません」
「ならいいが」


沙耶に背中を向けて歩き出すが、おかしくて、おかしくて笑いを堪えるのがやっとだ。
クールな男を演出している俺が、爆笑してしまったら元も子もない。
タキシード姿がそんなにいいか?
彼女が喜んでくれるなら、毎日着てもいい。
俺は男ばかりの三兄弟の長男として生れた。
両親のどこをとったか分からないはっきりした顔立ちで、自分でも誰に似たのだろうかと思っていた。
いつだったか忘れたが、アルバムを整理していたとき、ルーツはここかと、納得した顔があった。
じいさんだ。
学ランを来た学生時代のじいさんの写真は、俺とよく似ていた。
確かに口癖が「モテていた」だったが、しわくちゃ顔のじいさんしか知らない俺が信じる分けもなく、聞き流していたが本当だった。
地味な顔が多かっただろうじいさんの青春時代で、この派手な顔はモテたに違いない。
二番目は母親に似たようで、優しい顔立ちできつく見えないところが羨ましい。
三番目は両親の顔のいいところを程よく受け継いだ感じで、まあ、いい顔だとは思う。しかし、この三番目は女癖が悪く、母親は嘆いていた。

「何とか言って、お兄ちゃんでしょ!」

そう言われても困る。
女姉妹はどうか知らないが、男兄弟で女の話などしないからだ。
それに、俺も弟を説教出来るような人間じゃないし、弟も俺の素行を知っているし言うことを聞くわけがない。
弟は大っぴらなためにすぐにバレるが、俺は姑息に要領よくしていたので、そこは両親にばれなかったが、相当遊んでいた。
言葉は悪いが、遊ぶというのはちょっと違う。付き合っているときは、真剣だがどの女も付き合う期間が短いのだ。
忘れもしない、まだ純情青年だったころ、

「大企業の息子だし、なんていったって顔がいい。一緒に歩いていても、めっちゃ優越感に浸れる」

付き合った最初の彼女に言われた言葉だ。
それからというもの、俺なりに真剣に付き合ってきたが、付き合う女はみんな俺の顔と会社が好きなだけで、俺自身のことは好きじゃなかった。
アクセサリーとしか思われないのなら、こっちもそのように付き合うだけだと、開き直った俺は、告白された女は片っ端から付き合ってきた。
さすがに社会人になり、自分の立場を考えるようになると、そういうことはやめたが、今度は社長に就任すると、違う媒体が俺の容姿に触れるようになってきた。
マスコミだ。
就任後は顔を広めるために、依頼された取材はすべて受けていたが、俺の仕事ぶりを評価するよりも、容姿のことばかりを質問された。

「オモテになったでしょうね」
「こんなにイケメンな社長さんですから」
「女性が放っておかないんじゃないですか?」

社長に就任したばかりで、表だった業績はなく致し方ない部分もあったが、あまりに低能な質問ばかりで頭に来た俺は、取材は一切受けなくなった。
やってしまった過去は消せないが、この汚点というべき過去を、どうか彼女には知られませんようにと、祈るような気持ちでいる。 

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