ここではないどこか

「透ってモテるのに彼女作らないよな、ほんと。なんで?好きな人もいねーんだろ?芸能界ってやっぱ厳しいの?」
 
 斎藤は吟味に吟味を重ねたであろう焼きそばを頬張りながら聞いてきた。最後の問いは智宏にも投げかけているようだった。

「どうだろ……まぁ、俺らはデビューもしてない下っ端芸能人だからさ。恋にうつつを抜かしてる場合じゃないっていうか……なぁ?」

 智宏が答えて俺に話を振ってきた。口の中にはこれまた吟味に吟味を重ねたであろう焼きそばが放り込まれていた。

「だな。それに俺は興味ない」

 それは嘘であり、本当であった。姉さん以外を恋愛対象として見られない。よりによって一番興味を持ってはいけない人に、俺の唯一の興味は根こそぎ奪われていた。

「もったいねぇ。透ほどの顔があれば俺なら毎日ウハウハフィーバーモードなのに」

 なんだその頭の悪そうなモードは。「俺より智宏の方がモテる」俺は適当に選んだ焼きそばを頬張りながら智宏を見た。

「いやいや、んなわけねぇから」
「んぁー、智宏は優しいからな。俺も勘違いしそうになったことあるわ」

 がははと大袈裟に笑う斎藤に智宏は「おいおい」と顔を歪めた。

「透も優しいじゃん」
「こいつは優しくない!優しいふりが上手いだけ。顔面でカバーしてるだけだから」
「おい」

 3人で笑いながら、斎藤はなかなか鋭いな、と思った。優しいふりが上手いだけ、か。それは端的かつ的確に俺の性格を表しているように感じた。
 仁くんに「透は嫌な感情をそのまま顔に出しすぎ」と指摘されたことを思い出した。なるほど、たしかにテレビの中で観ていたアイドルはいつもニコニコしていたなぁ、と納得する。いつもニコニコか……智宏だな。そう気づいてから人に接するときのロールモデルは智宏になった。
 俺は自分が優しいだなんて勘違いしたことは一度としてない。みんなに平等に、なんて無理だ。俺は残酷に順位づけをするし、極端なことを言ってしまえば俺の周りの人の幸せしか祈っていない。それなのに一番幸せでいてほしい人の幸せすら心から願えない、そんな矮小な人間なのだ。そんな俺をなんの衒いもなく、心の底から「優しいよ」と信じて言ってのける智宏こそが真に優しい人間なのだ。

「姉さんも言ってたよ。智宏は優しいって」

 ふと思い出した記憶を手繰り寄せた。と、同時に嬉しそうに俺の親友を褒める姉さんを見て、嫉妬の感情が沸々と湧き上がってきたことも思い出す。ただ優しいと褒めただけだ。タイプだと、好きになりそうだと言われたわけではない。誰かを褒めることすら気に食わないなんて……不寛容な男だ。それでも智宏が異性として褒められ、認識されているのがとてつもなく羨ましかった。俺もそこにいたかった。弟ではなく、頬を染めながら「優しいね」とはにかんでもらえる存在になりたかった。唯一の弟だ。誰かがなりたいと願ってもなれない存在だ。それでもその全てが俺が望む姉さんとの未来を否定するのだ。

「え、香澄さんが……?わ、嬉しい」

 頬を染めて喜ぶ智宏を見て、姉さんの思わせぶりな態度を恨んだ。
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