ここではないどこか

 仕事終わり、疲れた体に鞭を打ちながら晩ご飯を作っていた。えぇ、なに……砂糖大さじ1?
 引っ越しと同時にインストールしたレシピアプリと手元を交互に見ながら作った親子丼は中々上手にできたと思う。ありがとう、レシピアプリ。君がいるから私はなんとかやれてます。
 そろそろかな、と掛け時計を見る。この掛け時計は「緑がいい!」と断固として譲らなかった透の意見を100%聞き入れたものだった。私はゴールドが良かったのに。
 料理に使った器具を食洗機に入れていると「ただいま」と透の声が聞こえた。パタパタとスリッパを鳴らしながら玄関まで迎えに行く。

「おかえりなさい」

 一緒に暮らすようになってまだ1ヶ月も経っていない私にとって、この出迎え方はこそばゆく、そしてとても幸せなものだった。

「今日めっちゃ疲れたんだ。手洗ってきたら抱きしめさせて」

 疲れてなくても抱きしめるじゃん……その言葉は胸にしまって、手を洗う透の背中に頬を寄せた。落ち着く……このまま溶けていってしまいそう。

「そこで寝ないでよ」
「あはっ、寝ないよ」

 透が手を洗い終わったので頬を離すと、透の腕の中へ閉じ込められる。深呼吸をすると胸いっぱいに透の匂いが広がって、幸せってこういうことなんだなぁ、と感慨深くなった。

「今日も晩ご飯作ってくれたの?」
「親子丼」
「やった!」

 こめかみに擦りつけられている透の唇から発せられた声に身体が痺れた。


「うまーい!姉さん料理できるじゃんね、すごい」

 透って一口が大きいんだよな。食べるところを見て改めて思う。口いっぱいに頬張ってもぐもぐと咀嚼しているところはハムスターみたいだ。唇を尖らせながら咀嚼するのもたまらなくかわいい。
 色っぽい仕草とは正反対な豪快に食べる透の姿もまた愛おしいのだ。ほんとに掴めない子。

「そういえば、出勤のときに瑞樹くんにあったよ」
「瑞樹に?」
「うん。挨拶できてよかった。すごい気持ちの良い子だね」

 そう言いながら別れ際に「俺の方が年下なんで、さん付けで名前呼ぶの禁止ですからね」と言った瑞樹くんの笑顔が浮かんだ。

「さっぱりしてるよね、瑞樹って」
「そうそう、裏表無さそうな感じ」
「俺と一緒だよ。すぐに顔に出るから」

 自慢げに言うことじゃないけど……と乾いた笑みを漏らす。仁さんと智宏くん大変だろうなとしっかり者の2人を慮った。

「かっこよかったでしょ?」

 透がニヤリと笑う。

「だねぇ」
「俺より??」

 んもぅ、ほんと子供みたい。挑発的に上げられた眉が答えを求めていた。

「透の方がかっこいいよ」

 求めていた答えが聞けた透は満足げに笑った。
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