ここではないどこか

 「ずるいのは香澄さんだよ」俺はその言葉を飲み込んだ。
 だって、そうだと知っていながら離れないのは俺の意思だから。
 
「いや、飲み過ぎな」
「だって明日は休みだもーん」

 ここまで酔うのは珍しいな、と思い、でもこれは喜ばしいことではないか?と考える。

 好きだと再び告げる前はひたすらに恋心を隠し、友達として接してきた。それは香澄さんがそう望んでいたからだ。直接言われたことはないが、自信をもって言い切れる。あの頃の彼女は愛だの恋だのを求めていなかった。
 俺は自分のことを駆け引きは苦手で真っ向勝負しかしないと思っていた。それがどうだろう。失いたくない故に、その信条をボキボキに折って気持ちを偽っていたのだ。しかしそのお陰で一番近くにいることができた。
 香澄さんが、合コンだ、紹介だ、と無意味なことに時間を割いている時も耐えた。
 香澄さんは俺を頼るようになった。俺の存在を精神的な支柱にし始めたのだ。もう少しだと思った。あと少しでこの人が俺を見てくれるかもしれない。

 友達ごっこをしていた時にはここまで酔っている姿を見せてはくれなかった。きっとなんだかんだ気を張っていたのだろう。
 しかしどうだ。今の彼女は俺の前でデロデロに酔っている。それは香澄さんがさらに一歩俺に歩み寄った証拠に見えた。

「俺は仕事なんだけどー」
「えっ!そうか!そうだよね!ごめーん、帰っていいよ」

 さっきまで机に頬をつけてうだうだ言ってたくせに、俺の言葉にパッと目を覚まし勢いよく頭を起こした。

「うぇ、気持ち悪い……」
「そんな思いっきり頭振るからでしょ」

 本当にしょうがない人だと思う。5歳も上なのにまるで手のかかる子供のようだ。

「仕事……早いの?」
「いや。ライブが控えてるから、それ関係だけ」
「そっかぁ……ほんと楽しみだな、ライブ」
「初めてだよな、俺のアイドル姿を見るの」
「うん、そうだね。かっこいいんだろーなぁ」

 とろとろに溶けた瞳がさらに細められた。

「惚れるよー」

 自信満々に言い切ったけれど、本当は自信なんてこれっぽっちもなかった。
 結局透くんと香澄さんの関係に対する明確な答えを聞くことはなかった。だけど、未だに香澄さんは透くんに囚われている。ずっと見てきた。だからわかる。

「俺だけを見ててね」

 それは心の底からの懇願だった。
 だけど香澄さんは微笑むだけでなにも言わない。

 香澄さん、あなたには狡い人であってほしい。
俺を利用できる限り利用してほしい。そばに居させてくれたなら、時間をかけてあなたを夢中にさせるから。

「瑞樹くんだけを見てるね」

 香澄さんは惚けた瞳で俺を見つめた。
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