ここではないどこか

 電車に乗って実家に向かう道中、私はおばあちゃんを思い出していた。
 亡くなったのは父方の祖母。つまり私は幼い頃に会ったことはほとんどなかった。会ったこともお母さんから聞いただけで、記憶には残っていない。両親が再婚をするとなったときに改めて顔を合わせたが、全くピンとこなかったぐらいには覚えていなかった。
 
「ただいま」

 久しぶりに入った実家は懐かしい匂いがする。

「おかえり。元気だったか?」

 そう言って出迎えてくれたお父さんは思ったより元気そうだ。おばあちゃんが以前から病気治療のために入院していたこともあり、覚悟をしていたのかもしれないなと思った。

「元気だよー!」

 私は恋愛ごとがてんで上手くいっていないだけで、その他は至って良好なのだ。

「よかったよ」
「お母さんは?」
「今、喪服の準備してる。あ、ごめん、ちょっと……」

 お父さんは私に断りをいれて電話に出た。恐らく話しの内容的に伯父さんからであろう。私は控えめに「おじゃまします」と言って家に上がった。

 お父さんは電話を切ったすぐ後、葬儀の打ち合わせをするために一足先に伯父さんの家へ向かった。私はお母さんと一緒に晩ご飯を食べている。

「そういえば、透はお葬式には間に合うって」
「そうなんだ」

 お母さんから出た名前にドキリとした。

「連絡とってないの?」

 そこに他意は含まれていないのだろうか。

「私が引っ越してからは全然だねー。実家には帰ってきてないの?」
「一回も帰って来てないわよぉ。帰って来ないどころか、こっちから連絡しなきゃ、近況報告もないわね」

 お母さんは困ったように微笑んでいたが、その微笑みはとても嬉しそうだった。透がアイドルとして活躍していることに安心しているのだろう。それとも心配していた私たちの関係が何事もなかったから喜んでいるのだろうか。


 次の日、夕方から始まるお通夜に向けて私は身支度をしていた。

「透、お通夜には間に合わないけど深夜にこっちに帰って来るって」
「……そうなんだ」

 喪服を纏った姿を全身鏡に映す。黒と片化粧の薄白い唇が顔色をより一層青白く見せた。


 お通夜が終わって実家へと帰ってきた私はお風呂に直行した。
 お父さんとお母さんは伯父さん夫婦と共に寝ずの番の為に斎場に一泊するらしく、今日は私だけがこの家にいる。
 いつもはシャワーだけを浴びてさっさとお風呂場を後にする私だけど、今日は湯船に浸かりたくてスマホを持って入った。

「ふぅ」

 湯船に張られた適温のお湯は私の疲れを包みこんだ。途中になっていたドラマの続きを観ようとスマホを触ると、メッセージが一件届いていることに気づく。

「あ、みずきくん……」

 差出人を見て思わず声が漏れる。

"おばあさんが亡くなったって聞いた。大丈夫?"

 瑞樹くんの甘く優しい声が私の頭の中でそれを読み上げる。
 瑞樹くんは私の蜘蛛の糸なのだ。ぷつりと儚く切れてしまえばまた地獄に逆戻り。逆戻りどころかもう二度と出てこられない。
 蜘蛛の糸が切れたのは利己心と独占欲。それじゃあ、私の蜘蛛の糸はいつ切れてもおかしくないね。
 私はそれに"大丈夫だよ"とだけ返信してスマホを離した。瑞樹くんからの返事はなかった。
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