短編集 優しくなんてないよ

その後。


私は結局,未愛渡に内緒で動くことにした。


怖い。怖いけど,何もしないままではいられなかった。


今まで目を背けてきた真実にいい加減向き合わなきゃと思った。


私は図書館に行き,精神系の病気が書いてある本を借りた。


なにかに急かされるように私は走って帰り,誰もいないリビングでその本を出した。


開くことは,なかなか出来なかった。


足や手が震えて,知らない方がいいんじゃないか,確信しない方がいいんじゃないかなんて都合のいいことを考えては打ち消す。


どれくらいの間そうしていたのだろうか。


やっと決心の着いた私は目次から目当てのページを探り当てる。


“解離性同一性障害(多重人格)”


今度は躊躇はしなかった。


もう,諦めに近い感情が出てきていたのかもしれない。


私はそこの文章を読んで,何か違うと思った。


私と未愛渡は“話せる”。


多重人格というのはその人格同士では交流は無いものらしい。


つまり,喋れない。


でも私たちは喋れてるし,何より私が前に出ている時に未愛渡には記憶があるらしい。


いつか,こんなことを言っていたような気がする。


私が前に出ている時は,まるで,自分が主役の映画を見ているみたいだ,と。


じゃあ,どういうことなのだろう?


しかし,次のページをめくった時,私の疑問は砕けた。


“非憑依型”


どうやら解離性同一性障害には憑依型と非憑依型があるらしく,憑依型は主人格の記憶が他人格が前に出ている時はなくなってしまう。


しかし,非憑依型はその他人格が前に出ると,主人格は自分の目を使って誰かが泣こうとしている感覚になったり,自分が主役の映画を見ているみたいな感覚になる。


また,主人格と他人格の間には交流があり,また感情が伝染することがある。


そんなようなことが絵も何もなく,ただ淡々と書かれていた。


なんだか,どうでもよかった。


正直,多重人格でもなんでも,病名なんてどうでもよかった。


ただ,私がショックを受けたのは別の事だった。


は,と乾いた声が漏れた。


光なんて入らない小さな部屋で,私は泣いた。


今度は声を抑えるなんて無理だった。


そこで泣きながらヤケになって叫ぶ。


『なーんだ!私がやってること,全部……全部全部全部全部全部,バレちゃってるんじゃん!!!!!!』


全部,私の気持ちもしていることも,全部バレてた。


醜く汚い私の感情がバレてたんだ。


何が助けるだ。


私の存在自体が,未愛渡の成長には繋がらない。


私は助けてるんじゃなくて,匿っているだけだ。遮断しているだけだ。


そして汚い感情を押し付けているだけだ。


私は泣きながら笑った。


大声で笑ってやった。


大っ嫌いだ。


未愛渡を傷つけるこの世界が。
未愛渡を結局助けていない自分が。
未愛渡を世界から切り離している自分が。
未愛渡に汚い感情を背負わせている自分が。


生まれたくなかった。


なぜ未愛渡はこんな私を作ったんだろう。


私は君の友人関係を壊してしまう悪魔だったのに。


強欲で我儘で傲慢で馬鹿で阿呆な怪物なのに。


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