オスの家政夫、拾いました。2.掃除のヤンキー編
「どうして断ったの?お母さんが言ってたよ、昔からコーチになりたいと思っていたって。なのになんで?いいチャンスなのに」

「俺はもうサッカーへの未練は捨てたんだよ。今更そんなオファー受けるわけないだろ」

「嘘でしょう」


あの海で、サッカーの話をしていたときの目を思い出す。その目はキラキラしていて、夜空のどの星よりも輝いていた。時間が流れ、徐々に現実を受け入れつつあるとしても…その熱かった思いが、簡単に消えるわけがない。


「…ずっと考えていたよ。どうしてあんたがそこまで必死で私の夢を応援してくれたのか。それはきっと、自分が必死で叶えたかった夢を私に映していたんじゃないの?」

「…そうだよ、俺のこともあったから、あんたを応援したい、サポートしたかったのは事実だよ。でも、それだけじゃない。本気であんたが夢を叶えてほしいと思ったよ」

「知ってる、本当に感謝しているよ。だからこそあなたの夢も大事にしてほしいの」


しばらくの沈黙が続く。成は黙ってお皿を洗い、ふきんで拭き、そして片付けまで終えた後、ぱっと振り向いた。彩響を真っ直ぐに見るその瞳はいつものとは全然違うものだった。


「彩響、違う、それは違う…。もうこの話はここまでにしてくれ。俺、マジどうすればいいのか分からないよ…」


成が頭を抱え込み、そのまま座り込んでしまった。彩響もその隣に座り、肩に手を載せる。どうしてこんな反応を見せるのはわからない。しかし、ここでこの話を止めるわけにはいかない。


「成、あなたを責めているわけではないよ。ただ、私の夢はあれだけ応援してくれたのに、どうして自分の夢は追おうとしないのか、分からないだけだよ」

「…俺の夢?」

「そう、諦めないでほしい。私も、あなたのおかげで諦めなかったから」

「あんたは…」


成がぱっと顔をあげる。彩響の目を見ながら、彼が聞いた。戸惑いながらも、とてもはっきりした声で。


「…あんたは、本気で俺が自分の夢を追ってほしいと思ってるの?俺はもうこの家に必要ないって言ってるの?」


必要ないわけ、ない。彼がこの家にいてくれて、どれほど助かったものか。でも、だからこそ、彼には彼が望む人生を送ってほしい。彼がそう教えてくれたように。


「…違うよ。そういう解釈はやめて。私はただ…お互いの未来のことを考えて欲しいだけだよ」

「…未来…」

その言葉に成が口を閉じる。じっとなにかを考えて、長いため息をつき、彼が立ち上がった。彩響も一緒に立ち上がった。


「…プレゼント、ありがとう。今日の話はちょっと考えてみるよ」

「本当に?」

「うん、でも今すぐは無理。だから、時間をくれ」

「時間をくれるのは私じゃなくてオファーしたチームの方だと思うけど…うん、考えてみて」


ボールを抱いたまま、成は自分の部屋へ戻った。彩響も自分の部屋に戻り、コートも脱がずそのままベッドの上に倒れた。天井を眺めながら、長くてまた短かった一日を振り返った。


(…また、この家で一人になる日がくるのかな…)


たとえそうでも、きっと大丈夫。きっと昔の生活ほどひどくはならないはずだ。そう自分に言い聞かせながらも、彩響は心の奥底から出てくる「寂しさ」という感情を誤魔化すことはできなかった。






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