秘め恋ブルーム〜極甘CEOの蜜愛包囲網〜
『笑わない?』

『うん、絶対に笑わない』

『あのね……私、美容師になりたいの』

『美容師?』


目を丸くした諏訪くんの表情から、私には似合わないと思われたのだと察する。恥ずかしくなって口を噤もうとしたけれど、彼は意外にもその理由を訊いてきた。


『えっと……私、男の子が苦手でしょ……? 子どもの頃からいじめられることが多くて、中学でも変に注目されたりして、いつも周りの視線から逃げるように俯いてばかりだったの』


諏訪くんがじっと耳を傾けてくれる。彼の真剣な表情が、私に言葉を続けさせる。


『でも、そんな自分が嫌いで、高校では少しでも変わりたくて……入学式の前にイメチェンしようと思って、近所にできたおしゃれな美容室に行ったの』


そこは、三十代前半くらいの女性がひとりで経営している小さなヘアサロンで、上手く要望を言えない私の言葉にゆっくりと向き合ってくれた。
そして、『大丈夫。変わりたいって強く思える子は変われるよ』と微笑み、自分でも見違えるほどの変化を与えてくれた。


人目を避けるように長かった前髪を眉あたりで整え、ただ切り揃えるだけだったサイドや後ろの髪は癖を活かしてカットされ、私が動くたびに軽やかに揺れた。
自信がなかった心を包む固い殻に小さなヒビが入り、自分の外見が好きになれそうな予感がした。


そのときの感動が忘れられなくて、『ほらね? まずは外見がもっと素敵になれたでしょ?』と笑顔で言ってくれたお姉さんのような美容師になりたいと思ったのだ。

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