冷徹御曹司の最愛を宿す~懐妊秘書は独占本能に絡めとられて~


空には冬の雲、筋雲が浮かんでいて、匠馬に最初に会ったときもこんな雲だったことを思い出す。匠馬と過ごした時間は、たったの数か月だったけれど、濃い時間だった。匠馬に会えたこと、感謝している。

「それでは社長。わたくしはこれで失礼させていただきます」

匠馬の背中に頭を下げると、ドアノブに手をかけた。だがすぐ、呼び止められた。

「待て」

そうかと思えば、背後に懐かしい温もりが覆いかぶさる。匠馬が澪を背後から抱きしめていたのだ。

「しゃ、ちょう?」
「行くな」
「は、離してください」
「俺は今もお前を愛してる」

そんなことを言われたら、心が揺れる。この手をとりたいと、欲が出る。でももう振り返らないと誓った。

匠馬は匠馬にふさわしい道がある。これからも変わらず社長でいてほしい。その温かい心で、人を動かしてほしい。

「私は、社長のことをそういう目で見ておりません」
「……」
「新幹線に乗り遅れますので」

そっと彼の手を払うと、ゆっくり振り返り、彼を見上げた。

「短い間でしたが、ありがとうございました。どうぞお幸せに」

にこりと妖艶に微笑む。

匠馬は双眸を指で押さえ、何も発さずこくこくと頷いていた。

この日、澪は長年勤めた会社を退職した。彼の子を身ごもっていることを内緒にしたまま、実家のある、秋田へと帰って行った。


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