冴えたカタツムリ。


「初めまして、アタシ冴(さえ)。」

儚げな瞳はまるで、梅雨のカタツムリみたい。梅雨の時に一生懸命生きて、人知れずに還る。切ない現実と裏腹に、あなたは笑う。


「ねえ、ひよりん。」

「は、」



カタツムリの冴は私の目を見て、私の名前とは違う名を口にして、


「あなたの事、ひよりんって呼ばせてね。」

悲しそうに笑った。





「ひよりん、この絵見て。」


「何、これ。」


梅雨が終わっても、カタツムリこと冴(人間)は土に還らなかった。失礼かも知れないけど、あの時から私はずっと、冴の苗字を『電電虫』だと思っていた、いや、そうに違いないと思っていたから、初めて聞いた苗字に驚いた。『香月』。かつき、という幻想的な名前。儚げな瞳の正体はこれだったのか、と私は唾を飲む。


「ひよりん喉乾いたでしょ、牛乳のむよね。」


食パンを食べていた私に、冴はカタツムリらしからぬ、俊敏な速さで動いたはいいものの、身長が足りなかった。


「あーん、届かないよぉ。」


「もう、だからいつも言ってるじゃん。」


冴はカタツムリのくせして牛乳を届かないところに置く癖がある。

どうやって置くのかはいまだに謎だけれど、いつも私が家に帰った後にはもう牛乳が届かないらしくて、たまに日の暮れた時間帯にうちに呼ばれることもある。困ったことに冴はその理由を教えてはくれない。


友達宣言をしたのも、背の高い私に牛乳をとってもらうためだったのか、と今では私の名物になった牛乳を取り、直に飲む。


「あー、アタシも!アタシも!」


ガキかよ、冴はぴょんすこ、飛んでカエルのよう。やっぱりあなたは還る、だったのねと苦笑する。


「お母さんに、牛乳買ってきてもらうのやめたら?」


「嫌だよ!」


冴えの口の周りには、たった今、直でがぶ飲みした牛乳が面白いほどついていて、笑いが堪えられずに咳き込む。食パンが口の中に戻ってきた。

「ひよりん、大丈夫?」
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