鵠ノ夜[中]
「その夢から醒めても、
"ぼく"は、"ぼく"のままだったから」
あいつが求めていたのは、たぶんこれだ。
魔法がかかっていても、かかっていなくても。シンデレラはシンデレラで、ガラスの靴はそこに偶然が生んだ、ほんの些細な幸せで。
「だってね。"ここ"にいるのは、ぼくなんだもん」
その幸せを掴めるかどうかは、結局本人次第なんだと。
そう言ってやれば、あいつは拗ねることなく「そうだね」と笑ってくれただろうか。
「現実って、思ってたよりやさしいんだよ」
悩みとか、悲しみとか。
そんなの何もなさそうな、吹っ切れた顔で笑う芙夏が、大人びて見える。実際、いくつにも吹っ切れた何かがあったんだろう。
雨麗が、『モルテ』の話をしていたあの瞬間から。
芙夏はずっと、確信めいた瞳をしていたから。
「ねえ、はりーちゃん。シュウくん」
持ち上げた視線が、芙夏と絡む。
俺と柊季両方と順番に目を合わせたかと思えば、芙夏は口角を上げた。
「あと、すこし、」
「、」
「あとすこしで、冬になるから、」
芙夏の提案は、ひどく曖昧で、けれど誰よりも現実を見据えていて。
この日俺らは、3人だけで、その約束を結んだ。
芙夏の名前に入っている季節が、夏で良かったと。
そんな馬鹿げたことを、俺も、きっと柊季も、本気で思ってた。