鵠ノ夜［中］

◆ 叶うなら、あの日の約束を

・



──ずっと。

想ってきたのは、たった一人だった。



コンコンと、小さなノック音。

それに気づいてパソコンから顔を上げ、まだ開いていないドアに向かって「どうぞ」と声をかける。流れで右上にある時刻表示を確認すれば、ちょうど0時を回ったところだった。



カチャリと申し訳なさそうに、小さく金具の擦れる音。

ここで暮らして長いけれど、やっぱりこの家で洋室というのは慣れない。



「みつ、」



開いた扉から顔をのぞかせた彼女はさらりと黒髪を揺らして、俺の名前を呼ぶ。

どうしました？と声をかけたら扉を閉めることもなく駆け寄ってきて、ぎゅうっと抱きついてきた。



「あのね、」



まだ無垢で、穢れを知らない甘い声。

耳を撫でるそれに「はい」と返事しながら、その瞳を覗き込む。




「こわいゆめ、見た」



「それでこの時間に私の部屋に来られたんですか」



「だめ、だった……？」



「いいえ。でもめずらしいですね」



いつもなら、何かあれば声をかけるのは専属使用人である兄さんの方なのに。

彼女の部屋からは俺のところに来るよりも兄さんの部屋の方が近い。



わざわざ俺の方に来るなんて、とは思いつつも自然と口角が上がる。

以前から組にはいたが、正式に関わるようになったのは高校を卒業して大学1回生になった今年。



兄さんは俺より4つ年上で、つい数ヶ月前に大学を卒業した。

それと同時に彼女の専属使用人となったため、俺が彼女のそばにいる機会は以前よりも少なくなっている現状。