鵠ノ夜[中]
「離れませんよ」
「で、も……」
「俺の言うこと、信じられませんか?」
尋ねれば彼女は、ふるふると首を横に振る。
それから「信じてるよ」と年相応の笑顔を向けてくれるのに。その瞳の奥には既に、御陵の頂点に立つあの人と同じ色が見えた。
「なら、大丈夫です。離れたりしません」
「ぜったい?」
「ええ、絶対」
きっともう、彼女は覚えていないけれど。
俺はずっと昔に『ずっと一緒』という約束を交わしているのだ。断片的ではあるが仕事にも少しずつ関わらせてもらっている今、離れる気も無い。
「じゃあ、今日はいっしょに寝てくれる?」
「……怒られます、兄さんに」
「いっしょに寝てくれないなら、
さっきの『ずっと一緒』って、信じない」
……ああ、この拗ね方は本当に信じてくれなさそうだな。
拗ねている割には俺の首裏に腕を回して抱きついているし、矛盾しているところもまた、子どもらしくてなんとも可愛いのだけれど。
「分かりました。一緒に寝ましょうか」
右腕を伸ばしてデータを保存してから、パソコンをシャットダウンする。
それからまだ軽い彼女を抱き上げて立ち上がるとすこし開いていたドアを閉め、デスクの照明を落とした。