Diary ~あなたに会いたい~
-----カチャッ。



 差し込んだタイムカードを引き出す。
 5:33という、やや薄目の印字を確認して、
僕は壁掛けのタイムカードラックに戻した。

 「お疲れさま」

 斜め後ろから田辺さんの声がしたので、僕は
振り向いて、お疲れさま、と笑う。



-----カチャッ。



 僕に続いて彼女もタイムカードを押す。
 相変わらず薄目のインクが5:34と数字
を刻んだ。僕たちは自然に肩を並べ、図書館
の裏門を出て歩き始めた。

 「ねぇ。便箋、役に立った?」

 歩き出してすぐ、彼女がそう訊いてきたので、
僕は思わず吹き出してしまった。
 僕の話を聞きたくてウズウズしている様子が
朝から見て取れたので、待ちかねたような彼女
の質問が可笑しかったのだ。

 「ごめん。書いてはみたんだけど、結局、
迷って渡せなかったんだ。これ、返すよ」

 鞄のサイドポケットから取り出した、あの
便箋を渡す。すると、田辺さんは複雑な表情
を僕に向けた。

 「また、チャンスはあるでしょ? 遠野君、
持ってていいよ」

 受け取ったまま、便箋をしまおうとしない
彼女に、笑って首を振る。

 「ありがとう。でも、僕なりに頑張るつもり
だから、大丈夫」

 「そうなの?」

 隣を歩く田辺さんの顔が瞬時に明るさを取り
戻して、また、キラキラと目が輝き出した。
 そんな彼女を横目で捉えて頷く。そして僕
は、今日もこれから彼女に会いに行くのだと
いう事を話した。

 「いいなぁ、そういうの。恋してる、って
感じ!」

 両手で頬を押さえて、ぴょんぴょん、と、
小さく跳ねる田辺さんに、僕は、しっ、と
唇に人差し指をあてた。周囲の視線が気にな
り、後ろを振り返る。

 「ごめん」

 ぺろりと舌を出して、田辺さんが肩を竦める。
 そうして、少し屈むようにして、僕の顔を
覗き込んだ。

 「ねぇ。お店、何時まで?」

 「確か……6時半まで、だったかな?」

 僕の返事を聞きながら腕時計を見た彼女が、
跳ねるように顔を上げた。

 「やだ!こんなのんびり歩いてちゃダメじゃ
ない。早く行こう!!」

 「はいはい」

 突然、田辺さんが駅に向かって大股で歩き
出す。僕は苦笑いをしながら、彼女の背中を
追いかけるように歩いた。
 前髪を揺らす夜風は、少し暖かかった。
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