あなたの声が聞きたくて……
そんな時、暇つぶしにカラオケアプリをダウンロードしてみた。

オンラインでカラオケをする日が来るなんて、思ってもみなかった。

私は、下手だけど、歌うのが好き。

けれど、歌うことは感染を拡げやすいと報道されているのを見ると、カラオケ屋さんに行くのははばかられる。

それは私だけではないようで、大勢の人がオンラインでのカラオケを始めていた。

ただ、私は、歌を歌うけれど、下手な歌をUPする勇気はなくて、歌ってはそのまま保存せず消す毎日。

でも、大勢の人がアップしてるのを見ると、こんなにたくさんアップされてるんだから、どうせ私の歌なんて誰も聴かない、そんな風に思えた。

そう思ったある日、私は比較的うまく歌えた1曲だけ、保存してみた。

誰も聴きませんように……

ところが、翌日、私の歌にコメントが付いていた。

St.(エスティ)さん、はじめまして
 優しい歌声が素敵ですね”

送り主はfair(フェア)さん。
男性らしい。

St.というのは、私のアカウント名。

名前の聖から、セイントとしてみた。

fairさんって、どんな人だろ?

気になった私は、fairさんのページへ飛んだ。

えっ、うそ!?

そこにUPされてる歌は、驚くほどうまい。

アップテンポの流行りの曲をハイトーンボイスで、事もなげに歌いこなしている。

私は考えることなく、彼をフォローした。

“fairさん、とても素敵な歌でした。
また聴きに来たいので、フォローさせてくださいね”

それから、私は、毎日彼の歌を聴いて過ごした。

自分でも歌うけれど、それ以上に、他の人の歌を聴いてみる。

世の中には、上手な人がたくさんいるのね。

暇に任せて、女性も男性も素敵な歌声の人を見つけては、フォローして聴き回った。

そうするうちに、今度はfairさんからDMが届いた。

“一緒に歌いませんか?”

そこに添えられているのは、彼が先に歌ったコラボ素材。

その音源で歌うとまるで一緒に歌ったかのような作品が出来上がる。

でも……

“私なんかが歌ったら、fairさんのせっかくの歌声を邪魔してしまいます”

私は、歌うことは好きだけど、下手なのは分かりすぎるくらい自覚している。

“そんなことないよ。St.さん上手なんだから、自信持って歌ってよ”

彼からの返信を受けて、翌日、私は恐る恐る歌ってみた。

彼の歌を邪魔しないように、出来るだけ丁寧に、音程を外さないように。

アップした後で彼にDMを送る。

“歌わせていただきました。ありがとうございました”

彼からの返信はない。

当然よね。平日の昼間だもん。

彼はいつも深夜に1曲だけアップしてる。

お仕事終わるのが遅いのかな?

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