可愛すぎてつらい

21.今だけでなく

 フワフワと絶頂の余韻に浸っていると、フレッドが身じろぐ気配がした。直後に熱い塊の存在を秘部に感じて、チェルシーは我に返る。焦らすようにヌルヌルと秘裂を往復するそれは、やがて狙いを済ませて隘路に押し入った。

「——っあああ!」

 初めてだった。彼自身が最奥に当たる感覚があまりにも強烈で頭が真っ白になったのは。足先がピンと張り詰める。

 妻としての務めを果たしてはいたが、挿入されて達したことなどなかった。というより行為自体にこんなに激しく感じることなどなかったのだ。自分の身体は一体どうなってしまったのだろう。

「くっ、そんなにされたら……」

 フレッドの声が落ちて、思わず閉じていた瞼を押し上げる。逆光になっているが、フレッドはゆるゆると腰を揺すりながらクラバットを引き抜いて、シャツのボタンを外している。その壮絶な色気にあてられて、チェルシーの下腹部が切なく疼く。

「フレッドさま、素敵……」
「え?」
 ウットリと言葉を漏らすと情事中とは思えぬ恍けた声が聞こえて、チェルシーはフフッと笑みを零した。いつも冷静な彼の新たな表情に触れると、何故だか愛しい気持ちがこみ上げる。

(ああ、好きだわ)

 元々好きか嫌いかで言えば、清潔感があって真面目なフレッドは好ましく感じていた。ちょっぴり怖いけれど。しかし今、胸を埋め尽くすこの好きという気持ちは、これまでとは違うもの。親愛のそれではなく、男性として好きだと思った。だってこんなに胸がキュンと甘く鳴っている。

 よくよく考えてみれば、こんなことをフレッド以外とできるとは思えない。
 いつかどこかで聞いた、世継ぎを産んでから恋愛をすればいいという意見に賛成していた自分に呆れる。フレッドの子供を産んで、彼以外の男性に抱かれるなんてあり得ないと思った。それにこんなに優しくチェルシーを見つめてくれるフレッドを悲しませたくなんてない。

 逆だって……、絶対嫌だ。フレッドがチェルシー以外にこんなふうに触れるなんて。そして自分以外の女性がフレッドのこんな姿を知るなんて。他の誰かに触れた彼にはもう身を委ねることなどできそうもない。
 先のことに絶対はないけれど、今はチェルシーだけのフレッドでいて欲しい。けれども世の既婚貴族の性の奔放さは表立ってはいないものの暗黙の了解で、年若いチェルシーだって知っている。そういうもので仕方がないと聞いたことがある。

「お願いです。今だけでもいいので……こういうことは私だけにしてください」

 そう言葉にすると胸に熱いものがこみ上げてきて、チェルシーの視界がぼんやりと滲んだ。瞬きをすると、ほろりと目尻から落ちる雫。ハッとフレッドが息を飲む気配がした。

「チェ、チェルシー!」
 目元を固い指先が撫でる。屈んだフレッドはチェルシーを宥めるように目尻に軽く口付けを落とした。
「いいか、私には君しか抱かないし、抱くつもりもない」
「……本当ですか?」
 こつんと額が合わされる。チェルシーの問いに是と応えるように軽く唇が合わさった。
「勿論、こんなに甘くて可愛らしいチェルシーを知っていいのは私だけだ」
 いつもキリッと上がっている目尻がとろりと下がるのを見た途端、チェルシーの心臓は急に高鳴った。頬に熱がこもるのを感じて、目の前の首筋に顔を埋めることで誤魔化した。急に己の発言に羞恥を覚えたのだ。

「突然、ごめんなさい」
「構わない。思ったことは何でも言って欲しい」
「じゃあ……。続きをして、ください」
「分かった」
 指が再び膨らみの先端を弄り始める。ゆっくりと抜き差す動きが再開されて、鎮まっていたものが再び呼び起こされた。耳元に湿った音がして、ゾクゾクと鳥肌が立つ。それは嫌なものではなく、寧ろ快感を増長した。

「あっ、あん」

 フレッドに包み込まれるように抱えられて、身体だけじゃなく心も満たされる。この行為がこんなに素晴らしいものだったななんて思いもよらなかった。チェルシーの秘部はしとどに濡れていて、フレッドが動くたびに淫靡な水音が響く。そんな中で微かな衣擦れの音も興奮を掻き立てた。服を着たまま、書斎で……。日常を送る場所でなんてことを。

「あっ!フレッドさま」

 大きな快感の波が押し寄せて、足に力が入った。結合部から溶けてなくなってしまいそうだ。

「はぁ、チェルシー……愛している」

「やっ!ひぅっ!!」

 吐息とともに耳元で囁かれて、チェルシーは呆気なく達してしまった。絞り取るような中の動きにフレッドは息を飲むと、彼女が思うよりも遥かに重い想いを込めて白濁を放ったのだった。

 * * *

 はぁはぁと荒い息を吐き、ソファーでぐったりとしているチェルシーの衣服を整える。まだまだ興奮は冷めやらないが、さすがにこれ以上ここでするのは彼女の負担になる。このまま寝室に運んで就寝の準備をしたほうがいいだろう。そこでもしチェルシーが許すならばもう一度愛し合いたい。

「ははっ」

 そこまで考えてフレッドは自嘲した。なんて貪欲になってしまっているのだろう。チェルシーの身体を考えて月に一度くらいだと理性で抑えていた日々はなんだったのか。
 けれどチェルシーから求められると固いはずの理性の糸は紙屑同然だと知った。情欲の炎で簡単に焼き切れてしまう。こんなに堪え性がなかったのだろうか。

 涙の痕が残るチェルシーの目元を優しく撫でる。

『今だけでもいいので……こういうことは私だけにしてください』

 ふとチェルシーの言葉が蘇る。今だけでもいいとはどういう事だろうか?
 もしかしてチェルシーは先の未来にフレッドと離れるつもりなのだろうか?
 騎士をしている間に誰かと出会っていたが、結婚を強引に進めたことにより引き裂かれたとか……。しかしチェルシーの実家に送り込んだ使用人からはそんな報告は受けていないし、彼女だってデートをしたのは初めてだと言っていた。

 ——けれどそれだけでは確信は持てない。

 満たされていた気持ちに影が差す。使用人を呼ぼうとしたフレッドは、呼び鈴を鳴らすのを止めてチェルシーを抱え上げた。
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