可愛すぎてつらい

6.今日はその日では…?

 フレッドとチェルシーの二人は仮面夫婦ではあるが寝室は同じだ。大きなベッドの真ん中に目に見えない壁が存在するかのように、互いのパーソナルスペースを確保して寝ている。それならいっそ別にしたほうがいいのかもしれないが、フレッドがそう言い出さない限りはチェルシーから言えるはずもない。

 それに一緒に寝ているお陰で、夜のおつとめも可能なわけで。チェルシーには世継ぎを産むという大義があるのだ。寝室を分けていれば、そういう雰囲気になることも難しいだろう。
 男性の詳しいメカニズムなんてチェルシーには分からないが、どうにも治まらないことがあると聞いた。なんとなくそのサイクルは月一で訪れるのではないか、と思っている。というのも、ちょうどそれくらいのスパンで行為に及んでいるからだ。
 その頻度について誰にも尋ねたことはないし、教えてもらうこともなかったので、それが誤解だなんてチェルシーが気付く由もない。

 フレッドはいつも仕事が忙しいのか、チェルシーが眠りに落ちてから寝室に入ってくる。たまに夜中に目が覚めたときに、ぼんやりとその存在を認識するのだ。
 しかし月に一度、そのときだけはチェルシーが起きている時間に寝室に来る。それがいつしか暗黙の了解となっていた。


 寝支度を整えたチェルシーがベッドで本を読んでいると、ドアの開く音がした。そちらに目を向ければフレッドが寝室に入ってきたところだった。恋愛小説に夢中になり、いつの間にか夜更かしをしてしまっていたのかと時計を見ると、まだいつもの就寝時間よりも前だ。と、いうことはそういうことなのだろうか?

 最近したばかりなのに……。だってまだ前回肌を合わせてから、2週間も経っていない。

 今日もするのですか?なんて、乙女から言えるわけもなく。いや、しかし子作りをするとも限らない。フレッドだってたまには早く寝たい時だってあるだろう。絶対そうだ。
 危うく勝手に夜着のリボンを緩めてたりしていたら、恥ずかしい思いをするところだった、と内心で汗を拭う。

「お疲れですか?明かりを消しますね」
 平静を装いながら声を掛け、再び本に落としていた視線をフレッドに向ける。無表情で近付いてきた彼は、まだほんのりと髪の毛が湿っていた。湯あみを終えたばかりなのだろう。

 いつものときのように……。

「……消してもいいがまだ寝ない」
「へ?」

 混乱しきりのチェルシーは間抜けな声を出してしまった。しかしフレッドは気にするふうでもなく、彼女の持っている本をナイトテーブルに置いた。
 そして緩く編んでサイドに流したチェルシーのキャラメルブロンドの髪を解く。その手つきはとても優しい。

(えっ!えっ!今日はその日ではないのでは?一体どうしちゃったのかしら?)

 目を回しているチェルシーに構うことなく、頬に手を置いたフレッドは相変わらず無表情だ。でもいつもの眉間に皺はない。

「チェルシー。今日はいいことでもあったのか?」

 どうやら彼は無表情ながらも、チェルシーの変化を気にしてくれているらしい。
「そんなふうに見えますか?」
 しかし本人に拾った紙のことを尋ねるのも憚られたから、濁すように質問を質問で返した。
「とても楽しそうで……。珍しいと思った」
 そんなチェルシーに構うことなく、フレッドは答える。心なしか表情が柔らかく見えるのは、近すぎる距離なのに威圧感を感じないからか。

 しかし彼のほうが表情も、口数だって珍しいですけど……とは言えない。そもそもここまで会話が続いたことがあっただろうか。本日、二人の関係にとって、珍し過ぎることばかり起こっている。

 そして薄暗い中でチェルシーを見つめるフレッドの赤銅色の瞳は、マリーが娘に向けるそれにとても似ていた。

「可愛い……?」
「え?」
「可愛いと思って下さってます?」
「……!」
 目を見開いた彼のこの表情は本日何度目か。言ってしまってからもう遅いが、なんという恥ずかしい発言だろうか。チェルシーは羞恥に頬が熱くなる。

 ——真っ白なチェルシーの頬はほんのりと赤く染まり、深いエメラルドグリーンの瞳が揺らめいていて見上げている。自身のことで精いっぱいなチェルシーは、フレッドがグッと空唾を飲み込んだことに気付かなかった。

 フレッドからの返事はないが、代わりに剣だこのある固い掌が頬を撫でる。くすぐったくって目を少し細めた隙に、ついばむように合わされる唇。それはいつもよりもとても甘い。

 普段は申し訳程度に合わせるような口付けなのに、いつまでも離されず、ついには唇同士に隙間がなくなっていた。

(どうしましょう!いつもより息苦しいわ……!)

 余りにも苦しくて、酸素を求めたチェルシーは唇を少しだけ開く。するとその隙間から、ぬるりとしたものが入り込んできた。

「……んむっ」

 食べられてしまうような、こんな口付けは初めてだ。上半身は起こしていたはずなのに、いつの間にか背中をシーツに預けている。

 溺れてしまいそうで、苦しくて。必死になって受け入れていると、漸く唇は離れていった。
「ハァ、ハァ」
「あまりにも……。すまない」

 何に対して謝っているのか、ちっとも分からない。苦しいほどの口付けをしてきたことか、それとも既に夜着の前をはだけさせていることか。

 合わせ目から手を差し込んで、最近更に成長をした膨らみを持ち上げるようにして掌で包む。その時に指先が先端に触れて、チェルシーはぴくりと跳ねた。
 いつも身体を合わせるときにだって、ここには触れてくるが今日はなんだか性急だ。力加減は優しいが、指先が焦っているように思えてならない。

 ここでチェルシーは気が付いた。

 もしかしたら、するタイミングを間違えて慌てているのかもしれない。

(やっぱり今日は、する日ではなかったのにキスをしてしまったから……。どうしていいのか分からないのかもしれないわ。私だってお稽古の日を間違えていたのに、言い出せなかったことがあるもの)

 だからチェルシーは伝えようと思った。気持ちは分かっているから心配しなくてもいい、と。今ならまだどこも汚れていないから、このまま寝れるだろう。

「フレッドさま、気持ち、ぃ——っ!」

 しかし妖精の悪戯か。チェルシーが話し始めると同時に、フレッドの指先が敏感な頂を摘まんで磨り上げた。言いかけた言葉は中途半端になってしまったのだった。

 頤を反らしてしまったチェルシーには見えなかったが、フレッドの瞳がトロリと溶ける。

「チェルシー、ここが気持ちいいのか?もっと教えてくれ」

「えっ?」

 チェルシーの意識がはっきりとしていたのはここまでだった。あとは波に揺蕩う如く、フワリとした記憶しか残っていない。

 ただ覚えていることは、何度も迫っては弾ける快感と、眉根を寄せて苦しそうな表情をしているフレッドだけだった。
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